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今日は千葉県の日

朝も早くから小学生達がわんさかと。
……でまあ、誤解を招きそうな表現をあえて書きますが、やっぱりこう、常々思うのですが、
子供はもっと社会がしつけないと駄目
だと思うわけで。
私自身は、割ときちんと(というか普通に)家庭で躾けられたという自覚があるので、基本的には「子供の躾は家庭が責任を持つべき」という論者なのですが、でもまあやはり、社会に接すれば色々な状況が起こり得るわけで、その時に社会が家庭をフォローするという機能は必要だよなぁと、小学生の群をさばきながらしみじみ思ったのでありました。
あくまで、ベースは家庭。次(?)、学校。だけれども、社会も躾の機能を放棄してはいけないよなぁと。
これは子供というのは90%そうで、それはもう仕方のない事であるのではっきり書きますが、要するに彼等は自分達が如何に無神経で不道徳であるかについて理解していないわけで(検討材料が存在しないから)、それを認知させないといけないわけですよ。この時点で放っておくから、いっぱしのまともな人格気取りのまま、無神経に育ってしまうわけで。。
自覚するというのは悪い事でなく、本人達の為にも社会はその機能を果たさないといけないと思うわけなのであります。
まあ、きちんと躾けられている子も居ますが、大抵の場合、幼稚園から小学校中学年ぐらいまでの人格は、“他人の物と自分の物で扱い方に差をつける”という観念(単純に言えば、自分の物でないものは丁寧に扱うという事)すら存在しないので、、買いもしない商品にべたべたと触るし平気で床に置くし立ち読みでページをぐちゃぐちゃにして帰っていくし、そもそも実地にしろ理論にしろ、教育に携わる人は、夏休み中に三日ぐらい本屋か玩具屋のレジにでもずっと立ってみるべきだよなぁ、と思う今日この頃。
……まあ、翻って大人達が胸を張って子供達を躾けられるのかと言えばそうでも無さそうなのが情けない所ではありますが。いい年して、ねじ曲げるようにしながら雑誌を立ち読む人も居るし、コミックスの立ち読み防止用のビニールパックをずらす人も居るし、世の中は日々、欺瞞とやるせなさに満ちあふれておりますが。