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共益性ということ

ある規模を持ったコミュニティに参加し、コミュニティ全体に影響を与える行為をするならば、その行為がコミュニティの共益に反するとみなされれば糾弾されるのは当然である、という事に対する認識が欠如している人が割と居るなぁと思う今日この頃(というか、そういう風に物事を考えた事が無いのかもしれませんが)。
もっとも、「共益」という言葉の基準と線引きは非常に難しいわけでありますが。
故に社会はルール以前の段階に「倫理」や「常識」や「良識」という言葉をそこにあてはめるわけですが。
そういったものが流動的かつ不確定であるというのはまあ、良くも悪くもネットの特徴であり。
というわけでこの場合、「共益になる」かどうかよりも、「共益をどの程度害するか」で判断する方が正しいのかな、とは思うわけですが、それはまた、年齢的な意味でなくオトナであるかどうかの一つの判断基準であるよなぁとも思ったりするわけで。
良くも悪くもオトナになるという事は、自己の利益とコミュニティの共益を天秤にかけられる事、だと思うのですよ。結局、コミュニティの共益を害し続ければ自分にしっぺ返しが来るわけで。まあ、天秤にかけた上でも結果に関わらず自己の欲望が打ち勝つ場合もありますが。
ただせめて、天秤にかける、というか、世界に対するそーいう認識の仕方は最低限欲しいよな、と考える次第(かけた結果どうするか以前の問題で)。
ま、コミュニティにおける共益の明示、というのは難しいですがね。
でも、ある程度は必要だとは思うわけで。