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『君の望む死に方』(石持浅海)、読了


ソル電機の創業社長、日向貞則は、膵臓ガンで余命6ヶ月の診断を受けた事で一つの決意をする。
――自分が生きている内に、社員の梶間晴征に、自分を殺させる。
彼には動機がある。
その彼の目的をかなえさせ、なおかつ、彼を殺人犯として逮捕はさせない。
社内研修により、熱海の保養所に呼び集められた梶間以下、4人の若手社員達。舞台を整え、日向は梶間が自分を殺害しようとするその時を待ち受けるのだが……。
私は君に殺されることにしたよ
君の望む死に方 (ノン・ノベル)

君の望む死に方 (ノン・ノベル)

傑作『扉は閉ざされたまま』の探偵役、碓氷優佳が登場という事で、楽しみにしていた一作。
計画的に殺されようとする男と、殺そうとする男。殺されようとする男は殺そうとする男の殺意を知っているが、殺そうとする男は相手の男が殺されたがっている事を知らない。しかし殺されようとする男はあくまでその意思を隠し、殺そうとする男の殺意の昇華を願っている。更には殺されようとする男は殺そうとする男を犯罪者とする気はなく、殺そうとする男もまた、捕まる気は無い。
そしてそこに現れる、一人の女――。
という具合で進む、かなりトリッキーかつ、回りくどい作品。
正直、200ページぐらいまで、そんなに面白くないです。
この手の小説は最初のインパクトというか掴みが大事だと思うのですが、その“掴み”までが主題になっている小説なので、必然、読んでいく為の興味を引く部分が薄い。前作ではここに「そもそも何故この事件はこうでなくてはならなかったのか?」というクエスチョンが提示されていたので、うまく読者を引き込んでいけたのですが、そういった要素もない。物語作品としては、もう少しそういった仕掛けを前半の推進力として置いておくべきだったとは思います。本作ならば、「本当にその結末に辿り着くのか?」という所でしょうが、その辺りの不安を煽るような仕掛け不足。
ただ、そうやって遠回りを重ねた末に辿り着いた終章が、凄い。
碓氷優佳ファン(私以外にもどこかに居るのかは知らない)、大・満・足(笑)
とにかくラスト1ページ、凄いです。
そういう煽りの小説は大量にありますのでチープな物言いになりますが、他に言う事が無い。
碓氷優佳ファンは買い(笑)
ただ作品としては、前述したように過程の部分が面白いとは言い難いので、熱心にお勧めはしません。
『扉は閉ざされたまま』『月の扉』の二大傑作(私評価)には及ばず。もう少し前半にもドラマなりクエスチョンがあれば俄然良くなったと思うし、この作者にはそれぐらいのレベルの作品は求めたい。
後ちょっと気になったのが、作者が近年、雑誌や小冊子連載の短編が多かった為なのかもしれませんが、文章がちょっと軽くというか荒くなっている気がします。厳密に比較したわけではないのであくまで読んだ上での感覚なのですが、初期作品の方が、文章をしっかり書いていたような。長編の文章に関しては、もう少し、初期の頃のタッチの方が良いかな、と。
総評としては、近作の短編集でちょっと評価を落としていた所を持ち上げるには十分な出来ではありました。もう一作、倒叙シリーズとして書く予定があるそうなので、それもまた楽しみ。
WOWOWでのドラマ化はそのものには何の期待もしていませんが、それで原作が売れてくれれば嬉しい。特に前作。
以下、本編の核心部分に触れる感想と、それに伴う本作の一つの仕掛けについて。
ネタばれ注意。
−−−−−
以下、本編の核心部分に触れます。
まあ、何はともあれ、全てわかった上で一人の男の“狂気”を解き放つ碓氷優佳が怖すぎるわけですが、重ねてファン的には大満足ですよ。
伏見さん(『扉は……』主人公)とも付き合い続いているようですし、嬉しい限りです。
この二人には、幸せとか不幸せとかそういう一般的な概念は吹っ飛ばした所で、一緒にい続けて貰わないと。
小説としては、日向氏の仕掛けと、梶間氏の確認と、という二重構造が、作者が思っているだろう程には面白くなく、社員によるプレゼンテーションのシーンが冗長さに拍車をかけてしまい、途中の盛り上がりに欠けるのが非常に残念。深読み派でないので何とも言えない所もありますが、別にプレゼンの内容などが伏線として機能していた気もしませんでしたし、あの辺りはもう少し端折るか説明を単純にしても問題なかった気がします。
ただ、前半〜中盤にかけて何となく感じる日向氏の仕掛けの中途半端さの謎も最後に解明されて、ストンと落ち込むラストは非常に秀逸。とはいえ、それは途中が面白くなくても良いという言い訳にはなりませんが。250ページ全てが面白いなんて事は求めませんが、もう少しは興を引く作りになってほしかった所。想定している結論に辿り着かないのではないかという不安を煽る為の仕掛けが、もう少し欲しかった。
その辺りの細かい仕掛け不足は残念ではありましたが、もう一つ注目したいのは、作品全体を貫く大きな仕掛け。すなわち本作が最終的に、古典的なリドル・ストーリーの形に乗っかって幕を閉じる事。
昨今はほとんど無いそうですが、海外のミステリなどであった一形式で、著名かつ代表的な作品が、F・R・ストックトン『女か虎か』
高校生の時に初めて読んで衝撃的だったのですが、最近たまたま読んだ『山口雅也本格ミステリ・アンソロジー』に収録されていて再読する機会があり(「リドル・ストーリー」という名称・形式がある事はそこで知った)、やはり非常に面白い。特に本作を読まれた方には、「リドル・ストーリー」とは何ぞや?という点も含めて、一読をお勧めです(今調べたら、ネットに幾つか要約ものがありました。ま、要約は要約だけにちょっと問題もありますが)。
それこそお勧めという点では、『女か虎か』の方がお勧め(笑)
同時に収録されていた同じ作者による同系の作品もなかなか面白かったですし。
石持浅海が意図的にこの形式に乗っかったのかはわかりませんが、物語冒頭の小峰某による通報の一文を見る限りは恐らく意図的であろうし、そういった観点から見ると、倒叙ミステリの形式をとってリドル・ストーリーを2000年代に復活させるという(や、他にもあるかもしれませんが)二重にトリッキーな意欲作として、一定の評価を与えるべき作品なのかもしれません。
まあこれは、私がたまたま『女か虎か』を読んで感銘を受けていたからこその評価ではありますが。
合わせ技一本と考えれば、なかなか完成度の高い作品であると思います。