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『マレー鉄道の謎』(有栖川有栖)、読了

もし有栖川有栖にもっと早く出会っていたら、これほど“(新)本格”に失望せずに済んだかもしれない。
……それが良かったかどうかはさておき。

マレー鉄道の謎 (講談社文庫)

マレー鉄道の謎 (講談社文庫)


大学時代の旧友・大龍の招待で、マレーシアのリゾート地、キャメロン・ハイランドを訪れた、犯罪学者・火村英生とミステリ作家・有栖川有栖。「昆虫の楽園」で彼等を待っていたのは、地元青年の不審な死であった。ドアや窓に内側から目張りをされた密室で死んでいた青年は、自殺か他殺か。事件の発見者となった二人は、限られた時間の中で捜査に協力するのだが……。
さてでは本作が大絶賛するほど面白かったのかというと別にそんな事はなくて、佳作、といった所ではあるのですが、門外漢の立場から言わせてもらえれば、メタでもカルトでもなくコンスタントに佳作を提供してくれる“新本格”の作家は果たしてどれぐらいいるのか?
『生首に聞いてみろ』(法月綸太郎)がもう絶望的なまでに「ゲームの為のゲームであり、ゲームだと割り切って読むもの」であったのに比べると、雲泥の差。事前に短編集で好感触を得ていたというのがあるにしても、面白く読めました。
まあ作品としては引きの弱さと途中だれるような所もあって、もう少しコンパクトにまとめても良かったのではないかという気がするのですが、あくまでも自ら述べるように本格ルネサンスを貫き通そうという作者の在り方と、ルールを知らない人にもきちんと通じる小説、を書こうという意識に対して、一定の評価をしたいと思います。
それから、文章に関しては好みはありますでしょうが、例えば

「京都でお世話になったお返しです。私がどれほどうれしく思ったか、火村さんたちは知らないんです」
彼に貸しがある、などと私たちは思っていない。だから私たちも、彼に借りができた、と思わないようにしよう。
(『マレー鉄道の謎』)
とか、随所に気の利いた言い回しを盛り込める辺りも読んでいて気持ちよい。
「コアゲーマーによるコアゲーマーの為のコアなゲーム」の需要は否定しませんが、それはどのジャンルでも繰り返されてきた滅びの道であって、日本のミステリ界に有栖川有栖という存在があるのは、間違いなく僥倖であると思います。
一つ、この作者の作品を凡百のミステリの呪縛から救っているのは恐らく、探偵役・火村英生の敵が「悪」であるという事であって、個々の事件の枠組みを越えたものと常に対しているが故に、作品ひいては作者自身が、目前のミステリのみに囚われていないという事が、小説作品として非常に大きい。
まだ、“学生アリス”の方のシリーズは読んでいないのでそちらを読むとまた印象変わってくるかもしれませんが、現時点では有栖川有栖は、絶賛はしないけど非常に好印象。