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『オタクはすでに死んでいる』(岡田斗司夫)、感想えとせとら・1

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

オタクはすでに死んでいる (新潮新書)

オタキングを自称し、業界の論者の第一人者である著者が、2005年のTV番組で出会った今時のオタクに感じたものをきっかけに、様々な場面で感じた違和感を出発点とし、2006年のトーク・イベントで語った内容に大幅な加筆・訂正を加えたオタク論でありまた、「オタクと昭和の死」についての本。
構成としては、定義付けを含む現代オタク論、オタク史ひとくさり、オタク世代論、それを踏まえてのオタクとそれを支えた社会の変容について、といった感じ。
最初に断っておきますと、氏の著作を真面目に読むのは今回が初めてです。読んだ理由は、ここらで一つ、ここ何年か個人的に思っている事と、斯界の第一人者と言われている人の言う事を比べてみたかったから。ま、比べたからどうこう、というのは別にないのですが、タイミングの問題だと思っていただければ。
さて、話が前後するとややこしいので、まずは簡単に感想から。
物量としては8割以上を占める「オタク論」がAパートだとすれば、「社会論をかすめる」最終章がBパートなのですが、Aパートの方はなかなか興味深かったです。実体験をもとにした歴史的階梯の説明はわかりやすかったですし、著者自身が「不完全で危険とは知りつつ語るしかない」と述べる世代論もそれなりに納得のいくものでありました。何より私がそもそも氏に対して感じていた違和感の幾つかの正体がわかって、少しすっきりしました。
一方で、それを踏まえた上でのBパートは非常にわかり辛い。これが地なのか、或いは身になってない論旨を書き並べているような感じさえあって、正直、作者が本気で思っているのか、出版物として体裁を整える為にでっちあげているのか、判然としないレベル。
ああちなみに、でっちあげるの自体は別に構わないのですよ。データとか歴史を捏造するのは問題ですが、理屈や思想などは、人を納得させる事が出来れば問題は無いのです。
問題は、そのでっちあげ精度も低い事。
Aパートに比べると非常に説得力の程度が下がって、バランスが悪い。
前振りと助走はそれなりに面白かったのに、着地で失敗した本、といえばわかりやすいでしょうか。
まあ、そもそも、本書に限った話ではなく、「昭和は死んだ」話というのはおそらく、最低でも現在40歳以上ぐらいからでないと面白くはないと思うのですが(著者は1958年生まれ、50歳)、少なくとも私はこれまで、「昭和は死んだ」的な話を読んで、面白かったり感心したりした事がありません。
昭和ラスト10年ほどしか体験していない身としては、確かに「昭和に生きていた」し「影響は受けている」のでしょうが、「昭和に育てられた」という実感が無いので、理解しにくい点が多々あるからなのですが。
まあ要するに、「昭和」というのは“思想”であって、ある年以上の日本人にとって、消化しないとにっちもさっちも前に進めない代物なのだな、という事は改めてわかるのですが、ではその「昭和」という“思想”は何であるのかという事を、本書も説明しきれていない(或いは故意にしていない)。
もっともこの本自体は、「はじめに」において

注意していただきたいのは、そういう「オタク内部の話題」をメインに進めるからといって、「自分には関係ない」と決めつけないでいただきたいのです。
と書かれているので、その「昭和」という“思想”の下にあるの世代を読者の主な対象としているような節もあるのですが、その割には「オタク論」の部分が長すぎるであろうと(笑) いくら「関係ないと決めつけないでいただきたい」とはいっても、そんなに興味は無いだろうし、興味が無い人に読ませるほど魅力的で画期的な内容であるとも正直思えません。
つまるところ、
40以上の人間にとっては、オタク論の部分が長すぎ
30以下の人間にとっては、「昭和」という思想の説明が不十分にすぎる
というバランスの悪さをどうにも感じます。
……で、ごめんなさい、30〜40が凄い空白になっていますが、思春期突入というのも含め、生まれ育った環境などでだいぶ変わってきそうなので明言を避けました。まあ、そもそも大雑把な目安に過ぎないので35で分けても良いのですけど。
……て、内容にほとんど触れていませんが、思想を語る本、であるのならば、そこは非常に気になる。
実際の分布はよくわかりませんが、著者の名前やこの本のタイトルに引かれたり、内容の骨子となっているオタク論に興味を持つ層となると、結局30歳プラスマイナス10ぐらいの辺りが主体となると思うのですが、それこそ著者の語る“オタク第一世代”は貴族主義ゆえに著者の語るオタク論に強い興味は無いのではと想像されますし(勿論、この区分は完全ではない)。
となると著者が本当にすべきだった事は、その世代に対して、「オタク論」から始まって「「昭和」という“思想”論」を語り、それらを踏まえた上で結論に持っていく事ではなかったのかと。勿論、商業的事情も絡みますから原稿は無尽ではないのでしょうが、そこまで行かないなら、徹頭徹尾、「オタク論」だけで済ませた方がいっそ良かったのではないか、という気もします。
……というのは以上まあ、読み物に対する高望みの話。
どうせ読むならそれぐらいの物が読みたいなぁという話です。
で、岡田氏の語る所のオタクというのは、
持てるもの
だったのだなぁというのが本書を読んで初めてわかった事で、この本をもじるなら「オタク・イズ・ビューティフル」とでも言えばよいのか、その辺りに関しては、自ら退路を断った所で、以下次回(予定)。