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『革新』プレイ録:伊達家編3

ゲームしながら書きためていたら、えらい事長く(^^;
◆1584年 房総の戦い
同盟の切れた相馬家と一戦→降伏させ、東北〜北関東を、完全制圧。
これで心おきなく、織田・徳川連合軍と激突する事が出来ます。
まずは総兵力10万の内、8万を房総半島に集中している徳川家をやってしまおうと、戦争開始。
予想通りの激戦で、米が尽きそうになりました(^^;
いや、本気で危なかった。
米が尽きるとどうなるのか見た事ないのでわかりませんが、まあ、いいわけ無いでしょうし。兵隊さんは果てしなく米食い虫です。このゲームの序盤〜中盤の最大の敵は、兵糧不足。戦争するにも兵力輸送するにも、ひたすらに米がかかります。まあ、リアルといえばリアルなのですが、こんなに米の価値が高い(そして金の価値が低い)『信長の野望』は初めてな気がしますよ。
関東で小競り合いをしつつ、徳川家の主力を撃破して房総半島を手に入れたあたりで、総兵力が織田家を逆転。
まあ、織田はどんどん西側に攻め込めば所領も武将も取り放題なので、戦いはまだこれからです。
◆1585年 信長、容赦なし
織田家の何が有利かというと、武将を増やしやすいのですよねー。今作、戦闘で捕虜にした武将は、所属する大名家が滅亡しない限りは忠誠度が存在し、簡単に登用に応えてくれません。忠誠度は捕虜にしている期間が長ければ長いほど減少していくのですが、ひと月に1下がるか下がらないかぐらいなので、あまり期待はできないと来ています。その代わりといってはなんですが、捕虜を大名家に売りつける事が出来るわけですが(笑)
大名家が滅びると捕虜の忠誠度は無くなり、通常の浪人と同じ程度に登用が可能になります。つまり、織田家を滅ぼす事が当分できない伊達家は捕虜を登用できる可能性が織田家に比べて圧倒的に低く、配下武将の不足が懸念されるわけです。
一方の織田家は西方の大名は領地数が少ないので滅亡に追い込みやすく、必然的に有能な家臣も増えやすい。
これが今後の問題点。
そんな織田家が、10万規模の兵力で信州は沼田城に攻め込んできました。
久方ぶりの大規模な反撃です。
徳川との戦いで兵糧が尽きる寸前だったので、この時は本当に危なかったです。
幸いにも季節の変わり目で兵糧が手に入ったのでぎりぎり兵力をまかなえましたが、もう少し織田家侵攻のタイミングが早かったら、迎撃しようにも兵を出せない所でした(^^;
しかし米不足に代わりはなく、仕方がないので偽報で敵部隊を少しずつ引き返させながら、狭い山道で最小限の部隊で迎撃するという、高等なのかケチなのかわからない戦略で、なんとかしのぐ。
遠くから騎馬鉄砲で撃ちまくってくる、鈴木重則がニクい(笑)
織田家の大軍を退却させて一息ついた所で全国の状況を見てみたら、とんでもな事が。
織田、徳川を見捨てる
なんか気が付いたら、織田の軍勢が徳川の本城である三河岡崎城に進軍しています。
いくらなんでも酷いよ(笑)
しかし実は、これはチャンス。
徳川領はもともと、織田領によって三箇所ぐらいに分断されるという不思議な状態になっていたのですが、一番内側で相当な無理をしなくては攻め込めなかった岡崎城織田家が落としてくれれば、伊達家が徳川にとどめを差すチャンスが発生します。
=徳川有能家臣団ゲット
そんなわけで、慌てて関東へ進撃。
織田家の岩付城、徳川家の下田港を奪取。
そして織田家岡崎城と浜松港を制圧したタイミングを見計らって、徳川家の小田原城へ侵攻→制圧。
棚ぼた的に徳川家を降伏に追い込み、徳川家康本多忠勝榊原康政などなど、かなり強力な家臣団をおいしくいただきました!
これでだいぶ先の展望が開けましたが、相変わらず、伊達vs織田の最前線は、10万規模の兵力が睨み合いという状況。
どこかで一発、大勝負を仕掛ける必要性が出てきそうです。
◆1586年 30万包囲網
年明けて、伊達と織田は信濃周辺で戦争中。
箕輪城を奪い取り、伊達の総兵力は95万に。いよいよ100万が見えてきました。一方の織田も70万で踏みとどまっており、フルスイングの殴り合いがまだまだ続きそうです。
久々に西に目をやると、……三好がずーっと、四国の真ん中で、兵力1万足らずで生きている(笑)
生きているというか、放置状態というか。支城1つに立て籠もっているようで、徴兵も出来なければ収入も無いという、明らかな生き地獄
九州・中国戦線では、10万前後で並んでいた大友と島津の兵力が、大友家16万・島津家9万、と何があったのか知りませんが、ようやく均衡が崩れた模様。出来れば織田の侵略前に、大友あたりが中国地方を押さえてくれると、勢力拡大にブレーキがかかって助かるのですが。
関東方面からの侵攻で躑躅ヶ崎館を陥落させた伊達家は、徳川家臣団を加えた事で、いよいよ織田家との一大決戦を決意。
秋になって兵糧が貯まるのを待ってから、約15万の兵力を要する、北信濃・深志城に、約30万の兵力で襲いかかります。
で、普段は城は<攻撃>で落としているのですが(城の耐久力を0にする→兵力を0にする→落城)、15万人を倒すのも時間かかって仕方ないなぁという事で、<包囲>(城の周りを取り囲み、敵兵の士気を0にする作戦)してみたらどうだろうと、包囲戦を決行。
約20部隊30万の兵力で一つの城を取り囲むと、気分は小田原攻め
結果的にこれが巧くいき、信州の織田家勢力を完全に駆逐。
余勢を駆って駿府館も落城させ、一気に東海道にも侵攻。
いよいよ調子に乗って参りました。
心配していた父さん(輝宗)銃殺イベントも発生しないみたいですし、さて、どこまで行けるか。……まあ、政宗に代替わりしても、それはそれで良いのですけど。
◆1587年〜1589年 上洛への道
信濃・甲斐の激戦を制した事で、伊達:織田の兵力差が、だいたいダブルスコアに。織田家が西方に気を遣わなければいけないのに対し、ひたすら3面程度の最前線に兵力を集中できる伊達は地勢の面で圧倒的に有利で、国盗りゲームとしては、この時点でほぼ詰み。
“詰み”とはいっても織田は優秀な武将たくさん揃っていますし、20万vs10万、とかいう戦いをしばらくは繰り返す事になるでしょうから、時間はまだまだかかりそうです。
そんなわけで、伊達家はひたすらに西進。
織田もひたすらに西進。
この辺りで、毛利・宇喜多など、中国地方で生き残っていた大名家が、次々と滅亡。
不思議な緩衝地帯になっている四国には未だに三好家(兵力約6000)が生き残っていたりしますが、さすがにそう長くはないでしょう。
織田家の総兵力は40万程度まで減り、下手をすると大友と拮抗しそうな具合になってしまっています。
一方の伊達家は120万を越え、もはや向かう所敵なし。
圧倒的な物量差で、織田家の城を次々と落城させつつ、みちみちと技術開発と捕虜登用。
この辺りで「馬上筒」をようやく習得し、騎馬鉄砲部隊を編成する事が出来るようになりました。
騎馬鉄砲強いよ、騎馬鉄砲(史実にあった伊達の騎馬鉄砲部隊は一種の奇策だったようですが、ゲーム的には単純に、鉄砲隊の攻撃力+騎馬隊並の機動力を有する、強力兵科)。
信濃戦線で散々、織田の騎馬鉄砲部隊にいいようにやられたので、逆襲です、リベンジです。
東海道清洲城まで攻め落とした所で一時停止し、北陸方面に侵攻。能登半島を制圧し、一気に近畿圏まで進出。一方、信濃方面軍も岐阜城長浜城と陥落させ、遂に山城まで後一歩と迫りました。
そこから、清洲城に貯めていた30万規模の兵力を動員し、伊勢志摩を制圧。
織田が防衛戦を敷いていた筒井城周辺での、10万規模の戦いを制し、東北からとうとう畿内に進出です。
後この辺りで、野山を彷徨っていた本願寺顕如を登用しました(笑)
ときどき、唐突に凄い武将が浪人しています。
この前は、一色義清がふらふらしていたし。
この時点での全国の生き残り大名家と総兵力は、以下の通り。
伊達家:147万
織田家:21万
大友家:13万
長宗我部家:3万
島津家:2万
いつの間にか、長宗我部が島津を逆転しているのがビックリです(笑) 島津は風前の灯火、そして織田はいよいよ、大友を楽に滅ぼせない所まで、追いつめられてきました。そして三好が、いつの間にか滅んでいた。
折角なので、年が明けてから、二条御所へ侵攻予定。
◆1590年 蹂躙モード開始
手始めに紀伊半島を制圧。
そして満を持して二条御所へ侵攻、奥州の田舎大名、とうとう京都を支配下に収めました。
イベントで、伊達幕府・開府
後はもう、中国・四国を、30万×3の大軍勢で、なぎ倒していくのみです。
ここまで来ると完全に詰んでしまって、さすがにちょっと面白くない(^^;
前作が1戦場に詰め込める兵力に限界があった為に終盤でも敵城を落とすのに時間がかかったのに対して、今作は数十万規模の兵力を一つの戦場に送り込めるので、終盤になればなるほど、国力の差がものをいいます。また、部隊の能力が技術開発で上がっているほどに、城を強化している大名が少ないので、終盤の城の耐久度の減り方と来たら、時々、笑ってしまうほど。
年末、とうとうとうとう織田の総兵力が大友に逆転されました(笑)
折角なので、織田家を怒らせてみる事に。
降伏の使者を送ってみました(おぃ)
勿論、断られた(軍師コメントで「無理」と言われた上でわざと送っている)のですが、これで心おきなく、追いつめて滅ぼせますよ。
◆1591年 四国征服
中国地方をほぼ攻略し、四国も半ばまで侵略。
ここで、四国西部につつましく収まっていた島津家の残存勢力と、南部で粘っていた長宗我部家を次々と降伏させ、四国の制圧を完了。
これで残すは下関と九州のみとなりました。
今回、降伏勧告が自然な程度に効くのは非常に良いです。
なお最近は、輝宗父さんは京都に放置したままです。
季節が変わる度ごとに、押し売りとか金の無心にくる公家の相手をしてもらっています(笑)
◆1592年〜1593年 天下統一
前回の足利家プレイの時は東西に主力を分けながらの進撃でしたが、今回は日本の西に、主戦力が全て集結です。
山陽と山陰に分けて進撃していた兵力が下関で合流した結果、兵数50万・100名少しの武将という、これから朝鮮に攻め込みそうな勢いの部隊になりました。
四国の港にも30万ぐらい置いてあります。
下関港を落とし、北九州へ渡航。城を2つほど落とした所で、南九州を支配する大友家に使者を送ると、割とあっさりと降伏。労せずして南九州を手に入れ、残るは織田家のみとなりました。
にしても大友家、織田と九州各地で戦闘を繰り広げていた結果、金がないのか、そこら中の城が燃えっぱなしなのですが(笑) 兵力も、各城に1万もいないし(^^;
ところでこの頃、天下統一を目前にして、寿命ラッシュ(^^;
月のはじめに5人ぐらいが病気になって、翌月に全員死亡とか、なんだか切ない事になっています。
ただこの時代って、平均寿命短いイメージありますし事実そうなのでしょうが、一方でとんでもな人達は人達で居て、時折年齢を確認すると、普通に70歳の武将とか居ます。まあ、あくまでゲーム的に、加齢による能力値の減少などは無いので、70越えても《統率:80》とかあるわけですが。
ただステータス画面で簡単な武将の説明など読んでいると、「大阪夏の陣で戦死」……て、ちょっと待て、どう計算してもその頃は70越えてないか?! みたいな武将はちらほら居ます。何を食ってたんだ。
で、そんな武将達の屍を乗り越え、織田家を九州西端に追いつめた伊達家。ここまで来て降伏なんてさせませんよ、積年の敵、殲滅あるのみです。最後はまだ生きている武田勝頼などを突撃させ、遂に織田家、滅亡。
1593年、伊達幕府による天下統一が成されたのでありました。
おいしい事に、エンディングで大名と会話する家臣に、勝頼しっかり登場! まあ、このシナリオ(長篠の戦い)の一応の主役ですからね!
なおエンディングの回想では、「真田昌幸、一夜城を築く」とか「父さん征夷大将軍になり、三日三晩のお祭り騒ぎ」が語られました。発生しなかった包囲網イベントがあった事になる妄想とか語られたらどうしようと戦々恐々だったのですが、さすがにそれは無かった(笑)
うーんしかしエンディング的には、隠居して政宗家督を譲っておくべきだったかなぁ。
−−−−−
というわけで、伊達家編でした。
上級でやるかどうかはさておき、中級もまあ、何とかなるというか、それなりの初期戦力の大名なら、そんなに激しい難易度ではない感じ。伊達の場合は、攻める方向に悩まなくて良い、というのはありましたが。
まあ、後はちょっとマゾプレイ的な方向性になってしまう気がするので、3回目に行くかどうかは今のところ検討中です。やるなら、有名武将がごちゃまぜの仮想シナリオとか、むしろとんでもなやつかなぁ。
伊達家編のターニングポイントは、信長が家康を見限った瞬間でした。とにかく武将不足が課題だったので、それによって徳川家臣団が手に入ったのが非常に大きかったです。また、家康が異常なヘッドハント能力を発揮し、やたらに捕虜登用に成功したので、結果的には倍々で配下武将を増やせる形となり、後半に至るまで戦略的に楽になりました。
ああそういえば、好きな割には未だに一回も使った事ないので、家康プレイはちょっとやってみたい気はするなぁ……ただ徳川家、大抵のシナリオで、同盟している織田には当然攻め込めず、武田軍団の矢面に立つ、みたいな立ち位置なのでゲーム的に非常に辛そうなのが何とも。