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日本代表監督の「目標はベスト4」発言

まあ、“志は高く持て”という事で言えば悪い発言ではないのかもしれず、本気度がどの程度かは不明として、隣国への意識も踏まえてこの辺りの発言になるのかもしれませんが、夢というには中途半端だし、本気というにはリアリティが無い、といった所なのか。
ただ、この発言が取り沙汰されている、そして明らかにしている根本的な問題は、
日本サッカー協会に目標設定がない
という事ではないかと思います。
日本サッカー協会として、ある程度、目標に対するアピールがあれば、「協会の現実的目標」と「監督の心意気」を別で語る事は可能だと思うのですが、それが無いが故に、監督の発言が努力目標を飛び越えて、まるで全体の指針のごとく語られてしまう。
思い返せばあの02年ワールドカップ、日本サッカー界には明らかな目標設定がありました。
それは段階的に表記するならば、


〔勝ち点1→1勝→決勝トーナメント進出〕
というものであり、時の代表監督、フィリップ・トルシエはこのノルマを達成。
その役割と責任を充分に果たしたといえるでしょう。
ところが02年ワールドカップ終了後、協会の犯した大きな過ちの一つは、
フィリップ・トルシエを正当に評価しなかった」
事であります。
まあ、お隣が随分と上に行ってしまったのでストレートに評価しにくかったという側面はあるのかもしれませんが(とはいえ、そもそも日本と韓国をサッカーにおいて同列に扱っていいのかという問題はある)、あのワールドカップ、誰がどう見ても日本サッカー界の最大目標は決勝トーナメント進出であり、そのノルマを果たしたトルシエは、プロ監督として、その「結果」を評価されるべきでありました。
しかし協会は感情的軋轢を含むとしか思えない種々の理由からそれをせず、その時点で「プロ監督に正当な評価を与える事を放棄した」日本サッカー協会は、次の監督に「監督経験のないアマチュア」を据え、一部マスコミとともに「アジアのレベルが上がった」を合い言葉に、「ワールドカップに出られない事もあるかもね」という空気を醸成(勿論、出られない場合もあるのは当然です。ただこの場合の問題は、どこに目標を設定するか、というにあります)。
先の例にならえば、06年ワールドカップシーズンの現実的な目標設定は
〔ワールドカップ出場→1勝→決勝トーナメント進出〕
といったぐらいかと思うのですが、その辺りに関しては全く曖昧のまま、結局、ジーコジャパンは最低限の目標であった「ワールドカップ出場」を果たしたのみでありました(故にジーコは、その分は評価されるべきです。但し、それ以上には評価されないべき。少なくとも日本代表監督としては)。
イビチャ・オシム氏を監督に招聘した後も、この「協会における目標設定の欠落」は改善されず(故に、「目先の勝利が最優先される」)、結局、トルシエ以降8年、日本サッカー協会の目標設定と来たら、「80年後ぐらいにワールドカップ優勝」(※Jリーグ百年計画)のみなのです。
それもこれも「トルシエを評価したくないから」まで言うとファンの僻みで穿ちすぎかもしれませんが、しかしもう、皆けっこうオトナになったのだから、「トルシエの再評価」と共に「日本サッカー界の目標設定」をやり直さなければいけない時機なのではないでしょうか。このタイミングを逃したらますます泥沼にはまる予感がしますし、ある意味では、これで矢面に立つ岡田監督は不幸とも言え、特にサッカーマスコミは、協会をしっかりと質すべき時が来ているのでは、と思います。