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『シアター!』(有川浩)、感想

シアター! (メディアワークス文庫)

シアター! (メディアワークス文庫)


小劇団「シアターフラッグ」を主宰する、弟・春川巧から300万円の借金を泣きつかれた春川司。弟が演劇を続ける事に反対しながらも突き放しきれない司は、金を貸すにあたって一つの条件を出す。
「2年間で、劇団があげた収益だけで300万を返せ。返せなかったら、シアターフラッグを潰せ」
司の出した厳しい条件を受け入れ、プロ声優の羽田千歳を新メンバーに加えたシアターフラッグは借金の完済に向けて動き出す。“鉄血宰相”春川司の経理指導のもと、果たしてシアターフラッグは存続できるのか?!
以下、作中の台詞より。
「降って湧いた借金三百万、お前ら全員で頭割りしたらたかが三十万だ! いい年こいた大人が雁首そろえてそれっぽっちの金も用立てられなかったことを恥じろ! 無利子で二年も猶予をやるのに返済できないならお前らに才能なんかない! 二年間死にものぐるいでやれ! 自分の無力を思い知って死ね! 借金できりきり舞いして夢も希望も枯れ果ててしまえ!」
「人に自分のケツ拭かせながら好きでやってるとか甘ったれるのもいい加減にしろ。好きでやってるからこれでいいんだって言えるのは自分で自分のケツ拭ける奴だけだ」
「これ返せないくらないなら続けてても無駄だ」
「プロのあいつに届いてたんなら、俺たちもっとやれるかもしんないじゃん」
「本気でやってみてダメだったら夢が覚めるじゃないかっ!」
「みんなで楽しくやれたらそれでいいよねって、そこでずっと止まってたの。黒字を出せるのがプロだとしたら、最初からプロになることを放棄してたのよ」
「羽田千歳は現れただけで春川巧を本気にさせたのよ」
「容赦ないんだよ、兄ちゃんは。しっかりしてて有能極まりなくてさ。多分ホントにとことん俺たちのこと追い詰める気だよ。言い訳できないとこまで。――でも。そんかし、兄ちゃんは自分が関わったらずるいことは絶対にしないんだ」

という感じの話。
夢を見続けて成功する者
夢に破れて夢に溺れる者
夢を諦め現実を選ぶ者
夢と現実の折り合いをつける者
その選択と選別の途上にある者達(劇団員)と、地にべったり足のついた男(春川司)の交錯を、背景とテーマに据えつつ、債権者として経理を見る事になった司による、借金団体の業務健全化、というある種のビジネスストーリー的なものが縦軸として展開。
物語であるという点も含め、根本には、夢を見るものへの優しさがあり、結果的には、弟への愛情もさることながら司さんは包容力に溢れすぎでまばゆいばかりですが(笑)
とはいえ、「対立構造」というのは、いっけん楽に物語を作れるけどそれだけしかなくて、単純な対立構造の一歩先に登場人物の関係性を設定した事により、例えば、演劇に興味の無い金が全ての冷血経理が、最終的に演劇の素晴らしさに心打たれて感動する、などという安っぽいドラマに堕する事なく、“表現する者”と“そうでない者”の差などといった切り口を交えながら物語を作れるのが、有川浩を、安心して読める所であります。
満足の出来。
難を言えば、小劇団、という設定上、舞台を成立させる為にやや登場人物が多くなった所があり、一人一人にある程度以上に踏み込めなかったのは、食い足りなかった感があって残念。あとがきを読むと、作者は「書ききった!」みたいな感じなのですが、出来うれば、続編を期待したい。