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脚本考ちょっと

それにしても、上原正三→曽田博久→杉村升と次々と見てくると、90〜2000年代において、井上敏樹荒川稔久小林靖子らが、如何に戦隊物(その他)の脚本における、テクニカルな向上を目指したのか、というのが見てとれます。
勿論、前者が常に悪いわけではなく、後者が常に良いわけでもないのですが、少なくとも意図的に(プロデューサーも含めて?)、“何かを変えようとした”、というのは改めて非常によくわかる。
勿論、特撮作品の場合は特に、制作環境における時間的・予算的都合、時には企画段階での問題などの影響も多いと思われますが、一方で、水準に対する慣れ、のようなものが見て取れないわけではなく、90年代半ばにそういう流れに対するカウンターが出てきたのは、必然ではあったかもしれませんが、幸運でもあったのでしょう。
なお一つ書いておくと、主役及びメインキャストに見知らぬ若手(新人)俳優を起用する場合が多い都合上、多くの特撮ヒーロー作品では“長台詞を使うのに限界がある”という特性があります。どんなに脚本・演出がうまくても、一人で長い台詞を喋って画面をもたせる、のには俳優自身のパワーが必要です。その為、特撮ヒーロー物の脚本には、構造的な不利がある。
また、“おやっさん”や長官ポジションのベテラン俳優が重要なのはこの為。そこに経験のある役者を持ってくる事で、アップと台詞で間を作れる、というのが話の流れに起伏を作る際に重要なのです。
ついでに、いわゆる現代ドラマで、なんかおかしいなぁと思ったら、この辺りのバランスがおかしい事がままあります。さして喋れない役者に、知名度だけで喋らせていると、うまくいかない。