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大トミノ祭:『オーバーマン・キングゲイナー』感想1

バンダイチャンネルの月額1000円見放題で『キングゲイナー』が見られると知って、今月は大トミノ祭という事になりました。祭がいつまで続くかは、我が魂の耐久力のみぞ知る。
まとめて見て、思い出しながら書いているので、感想としては大雑把です。


文明が発達しすぎた結果、地球環境が極めて悪化した時代――人々は祖先の暮らしていた土地を離れ、閉鎖されたドームポリスに寄り集まるように暮らしながら、いずれ地球環境の回復する日を待っていた。そんなドームポリス間の流通や交通を取り仕切り、莫大な利益をあげているのが、シベリア鉄道である。
そのシベリア鉄道の管理下から逃れ、ドームポリスを離れて新たな生活圏を求める不法行為――エクソダス
ネットワークゲームに興じ、対戦ゲームの世界では負け無しの少年ゲイナー・サンガは、ある日エクソダス主義者と疑われて投獄された先で、一人の男と出会う。男の名は、ゲイン・ビジョウ。“黒いサザンクロス”の異名を持つ、エクソダス請負人。
エクソダス、するかい?」
今、ゲイナー・サンガの旅が始まる――。
第1話〜第5話まで。

◆第1話「ゲインとゲイナー」
◆第2話「借りは返す」
◆第3話「炸裂!オーバースキル」
◆第4話「勝利の味はキスの味」
◆第5話「シベリアに光る目」

多くのロボットアニメが、悪の軍団だったり謎の敵だったり戦争が、“やって来る”ものとして描かれるのに対して、シベリア鉄道との戦闘を覚悟で檻の中の日常から人々が自ら「エクソダス」する――というのが物語の構図における大きな特徴。
いわば、“戦争が来る”のでも“戦争になる”のでもなく、“戦争へ行く”物語。
主人公自体は巻き込まれ型ですが、“戦争へ行く”という事に巻き込まれないとは限らない、というのは、多少の諷刺を含むのか。住居区画を大幅に引き抜いて移動しているので、主人公以外にもそれなりに巻き込まれエクソダスしている住人も居そうですが、2話において、エクソダスする事を選ぶ者/しない事を選んだ者、のやり取りなども挟まれています。
学校の級友や教師までがエクソダスに関わっていた事を知りショックを受ける主人公は、その中で自分の覚悟を迫られる――。
主人公ゲイナーの巻き込まれ方には同情の余地はあるとは思うものの、手に入れたマシンに名前登録を求められてキングゲイナーとか付けてしまう所で、まあいいか、こいつ多少ひどい目にあっても、という気になるのはちょっとしたミソ。
1−2話は、完全に前後編の造り。
ゲインとゲイナーの出会い、オーバーマン・キングゲイナーの起動と初戦闘までを1話でやって、1話で断片的に見せていたエクソダスの姿が2話ではっきりと描写されて、同時にゲイナーの立ち位置が決まります。
主人公は成り行きでゲインに協力する事になったものの、ある理由からエクソダスが大嫌い。憧れのクラスメイト・サラがエクソダスの主要な実行部隊の一員だと知って動揺、最終的には彼女にいい所を見せたい気持ちと、ゲインに対する男の意地が勝って、結局、エクソダスの旅に同行する事となります。
2話ラスト、

ゲイン「みんなやる事が汚いんだよ」
ゲイナー「そうかなぁ……アナ姫の方が、エクソダスの意味を理解しているようだ」
ゲイン「出ていってやる」
サラ「情けない人」
ゲイン「えっ…………貴様に借りを返したら、出ていってやる!」

で爆笑。
ヒロインであるサラは結構ゲイナーに酷い気もするのですが。エクソダスに積極的に関わっている立場からすると、覚悟も決めずにオーバーマンに対する所有権だけ主張する時点で、ゲイナーに対する風当たりが冷たくなって仕方ないのか。
主人公ゲイナーは、引きこもりのゲームマニア、みたいな描写はされるものの、“男の子”の自尊心は強く、案外と行動的。内に籠もるというよりは、周期的に爆発するタイプ。また、最初にキングゲイナーを見た時にコックピットの位置を探し当てた際のゲイナーのやりとりで、「やるじゃないか、少年」「ここまでは、原理原則です」「そういう事だ」という台詞がある辺りなど、どちらかというと“理屈のわかる人間”として描写されているのが印象的。
そのゲイナーの前に立ちはだかる、“出来る男”ゲインは、お行儀が悪いのが最大の特徴。大きな作戦を指揮する頭脳・統率力・行動力を併せ持ち、狙撃と格闘の達人、気障で洒落者、だけど美人を見るとすぐナンパ、他人を利用する事に悪びれない、と決して清廉な人間ではなく、どちらかといえば、悪いオトナ。
故に、ゲイナーからゲインへの敵愾心には、どこか子供の喧嘩の空気がつきまとい、それがおかしみを添えているのが、作品全体の面白みの一つ。
単なる、憧れとか目標とか、嫉妬に近い負けん気ではなく、“あんな大人にはなりたくない、うんそれは確かに”という部分を含んだ上で、“しかし勝てない男”に対する関係性の描き方というのが、非常に抜群。
2話までのキャラクターの多さと、要素の詰め込みがなかなか凄いのですが、詰め込みつつ、とりあえず先へ先へと展開して見せてしまうのが、監督・富野由悠季の手腕の巧みさ。
固有名詞の説明が後回しなのも、いつもの富野。
富野由悠季の巧い所は、固有名詞の説明が後回しでも、その「固有名詞」自体は、伏線でもなければ謎にもしない事。「説明ないけど、多分、このロボットの事だな」ぐらいの理解で作品を見る事が出来るし、それで問題ない(必要ならちゃんと説明が入る)。散りばめた説明の無い固有名詞が物語の謎になったままひたすらモヤモヤする、という展開にする事なく、物語を先に引っ張っていく。
それで凄くわかりにくくなる時もありますが、今作は、2話まで見ればわかる造りになっています。
逆に、1話だけだとだいぶわかりにくい造りになっていますが、故に完全に前後編の造り。
ドームポリスの都市ブロックの一部をまるごと移動させてエクソダスする(要するに超巨大なキャラバン)、という壮大な絵図がはっきり見えるのが2話からで、そこからぐっと作品に入りやすくなります。
3話からは、隊長ヤッサバ率いるシベリア鉄道警備隊との追撃戦。
今作の登場人物達は全体的に多少の高さから落ちてもひっくり返っても死なず、非常にタフ。
多少の迎撃受けても、しつこく戦線に復帰してきます。
いっけんひ弱っぽい主人公も、4話でゲインに煽られて賭けボクシングで殴り合うなど、基本的な生命力が皆高め。
そして3話では、シベリア鉄道のオーバーマン、ラッシュロッドが“時間を止めるオーバースキル”を使用し、戦闘はトンデモバトルに突入。戦闘は全体的に、新味を出そうとして、若干もやもやっとした感じ。面白い事は面白いですが、演出の表現などにも、ちょっと悩んでいるような感じがあります。まあどうしても油断していると、慣れた構図でガンダムになってしまうので、それを避けよう、という意識が出ている、というのもあるでしょうが。
段々いい味を出してきたヤッサバは5話でリタイア。
街で出会った身よりのない少女との交流などで非常においしい感じになっていましたが……合掌……?
ここまでの基本的な構成は、ひたすらドタバタ劇が展開して、最後にちょっとシリアスなネタ(ゲイナーの過去、ゲインの過去、など)が入る、というもの。
主にそのスキルが『機動戦士ガンダム』を代表とする戦争もので発揮されてきた為、富野由悠季というと、多量の人物を同時に展開しての歴史的・政治的な要素を含んだシリアスな群像劇の作家、というイメージが強いですが、富野監督の最大の能力というのは実は、ドタバタ劇を筋の通った話に見せる、或いは、筋が通らないというリアリティを物語として成立させてみせるという所にあるのではないかと思います。その能力と技術は、喜劇においても十全に発揮される。むしろ、見方によってはスラップスティックこそふさわしい。
今作は富野監督の、そういった部分が非常に強く出た作風となっています。
本質的には近い所にある、富野監督のスキルの裏表、といった所でしょうか。
いつまで経ってもすれ違う人々、誤解から噛み合わない会話、わかったつもりでわからない他人の気持ち、ひっきりなしに起きるアクシデント、その、ある意味でのリアルな日常を、劇として展開・構成する力。
本編5話まで、劇中の9割方ドタバタしている、という物語を成立させる体力と、それでいながら劇として見られるものにするスキル、というのは、超絶技巧と呼ぶにふさわしい。
さらっとやっていますが、非常にレベルの高い事を今作でもしています。まあ富野アニメはそれ故に、麻薬的な魅力を持つ一方で、乗り損ねた人を突き放しがちという欠点を持ち合わせてもいるのですが。
全体の演出としては、アナ姫様での気の抜き方が秀逸。
もともとお姫様大好きな富野監督ですが、“人の上に立つ者の器を自然に持った、でもまだ子供”というアナ姫(&動物)を随所に挟み込む事で、非常に巧く画面と物語に緩急をつけています。この辺りのテクニックは、さすが、の一言。
あと1・2話でキャラクターデザインの吉田健一が自ら作監をつとめて、女性キャラを端から可愛く描いたのが、演出として流れの中で凄く効いています。アデット姐さんとか作画が乱れがちですけど、とりあえずいつでも美人に見えるし。まさかシャボリまであんなに可愛いくなるとは、思いもよらず。
果たしてドームポリスの外の厳しい凍土の先に、豊かな大地は再生しているのか?
シベリア鉄道がその辺りの情報にも統制をかけているのか、実際にどの程度の支配力を持っているのかは、濁されているので謎。
少なくともドームポリスの中では、本来は警察権は無いのに勝手に住人を逮捕するなど好き勝手にやっており、ドームポリス自体が全体主義的傾向に呑み込まれつつある姿で描かれています。
シベリア鉄道に好きにされてもそれを受け入れる人々に向けて
「不平不満はあっても、自分からは何もしない。それがドームポリスのピープルの習性だものな」
と言い捨てるゲイン。
どうやら彼の過去にも、エクソダスにまつわる曰くがあるらしい。ゲインの過去を知る教師ママドゥは、ゲインの両親がエクソダスというシステムに殺されたのだと、ゲイナーに聞かせる。
「システムが人間を殺すなんて……」
「殺すんだよ」
という辺りでシリアスな部分も含ませつつ、基本的には、ひたすらドタバタ劇で物語は続く。