- 作者: テッド・チャン,公手成幸,浅倉久志,古沢嘉通,嶋田洋一
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2003/09/30
- メディア: 文庫
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……と言っても、約10年前の刊行ですが(^^;
1990年のデビュー作「バビロンの塔」から、およそ10年間に発表された8作品全てを収録した、著者の初単行本となる短篇集。
「バビロンの塔」(ネビュラ賞)、「あなたの人生の物語」(ネビュラ賞)、「地獄とは神の不在なり」(ネビュラ賞、ヒューゴー賞、ローカス賞)、とSF界の各賞受賞作品が並び、巻末には著者による「作品覚え書き」付き。
面白かったのは、ゴーレム(的なもの)が存在して人々の生活に役立っている世界のヴィクトリア朝を舞台にした「七十二文字」。自動人形に命令を与える「名辞」(プログラム的なもの)の研究者であり技術者である青年を主人公に、ファンタジー調の導入から遺伝子工学の要素が入り、熱力学の話が出、社会問題に切り込んだと思えば、人類滅亡の問題に展開し、更に……と、アクロバティックにふんだんな要素が繋がっていくのが面白い。
ちょうどヴィクトリア朝の諸々を勉強していたので、作中で主人公が気にする社会問題についてすんなり飲み込めた、というのもありますが、時代背景に則った社会問題を扱いつつ、そこから人類滅亡の話を経由して(!)、普遍的な社会システムと人間の在り方の問題についてまで物語が展開するのは、実にお見事。
収録作品の中では私の好きなSFの香りが一番漂っていた1本。
他では、脳の特定部位への処理により美醜を失認する処置が可能となった社会で、その是非についての一騒動を描く「顔の美醜について――ドキュメンタリー」が、テクノロジーのもたらす個人の変化と社会システムを巧く絡めていて、面白かったです。
全体的に、風呂敷の広げ方が巧い作家、という感想。
あれよあれよという間にテンポ良く話が広がり転がっていき、その一方で、巨視的なところへ飛ばずにあくまで個人の体験がベースであり、主題と置かれている場合が多いのが、面白い。
非常に高い評価の俊英作家(それから更に10年後の評価は知らない)、というほどピンとは来なかったものの、「七十二文字」は、良かった。