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『キリンヤガ』(マイク・レズニック)感想

キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)

キリンヤガ (ハヤカワ文庫SF)


 絶滅に瀕したアフリカの少数部族・キクユ族。その伝統と文化を守る為、彼等はユートピア議会との協定により、「キリンヤガ」と名付けられた小惑星へと移住する。部族の指導者であり、しきたりの守り手でもある祈祷師コリバは、人造のユートピアの中で、キクユ族を守る為の孤独な戦いを続けていく……。
実に、面白かった。
SFの手法/機能の一つである、“近未来を舞台にする事によって「現代」をノスタルジーの対象として描く事を可能にする”により、西洋文明に飲み込まれゆく少数民族の宗教・文化の姿を描いた、寓話にして宗教小説にしてユートピア小説。
信仰とはなにか? 文化とはなにか? 生きるとは何か?
連作短編の形式を取っており、複数のエピソードが積み重なる形で、一つの長編を成す構成になっています。
各エピソードは長くても、短めの中編、と言った程度の長さなのでプロットがすっきりしており、物語も時系列順に並んでいるので(発表順は別)話はわかりやすくて読みやすいです。また、SFという形式を用いる事によって物語の寓意性を増す事により、近未来の寓話集めいた構成になっているのも、読みやすい所。
物語の一貫した特徴は、意識的に持ち込まれた両義性の要素により、主人公は常に正しいとは限らず、むしろ本人が正しいと信じて行っている事にも様々な問題があり、それが常に読者に問いを投げかけている事。
主人公の選択は広い視点で見れば間違っているかもしれない。
しかし、キクユ族の文化を守る為という一点においては間違っていない。
では、どちらが正しいのか?
文化を守るとはなんなのか?
それは、人の幸せより優先されるべきものなのか?
彼等は、何のためにここに来たのか?
ユートピアとは、なんなのか?
様々な矛盾をはらんだユートピア、それは主人公があえて目をつぶっている、そもそもこのユートピア「キリンヤガ」自体が、西洋文明の力によって作られた小惑星上の箱庭世界にすぎない、という致命的な皮肉を、やがて浮かび上がらせます。
そしてその時、主人公が選んだ道は――。
失われゆくものへの賛歌と、失われていく事の自明と、覆い尽くしていくものの傲慢と、書き手と物語の関係性もどこか皮肉であり、頷きがたい部分もあるものの、それらの矛盾と皮肉を乗り越えて、主人公がたどり着く物語の結末は非常に美しい。
SF特有の厄介さが薄いという点も含め、広くお薦めの一冊。