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『翠星のガルガンティア』、第7話感想

レドにとってのヒディアーズは、ガルガンティアの人々にとってのクジライカでした。
ガルガンティアの人々はこれまで、クジライカと共存してやってきました。
と、前回の振りに関しては、素直な所に着地。
前回の感想でちょっと触れましたが、クジライカが神聖視されている、と、宗教という程ではないですが、船乗りの迷信、土着信仰の雛形レベルでも、ガルガンティアの人々の宗教観と絡めてくれたのは良かった。
難を言えばもう少し、ここまでの物語でガルガンティアの人々の船乗り気質だったり迷信への態度(例えば前回、漁の前にちょっとしたおまじないをやる、とかその程度のレベルでいい)、みたいなものを描いてくれていればなお効いたのですが、その手の細かいボディブローは今作では手の届いていない部分。
物語は、レドがクジライカを殺した事をきっかけに、価値観の相克が、文明、社会、個人、と重なり合って展開。面白いと思ったのは、レドの「自分が兵士だから」という“戦う理由”の背後に、(それがレドの所属する社会に植え付けられたものであろうとはとはいえ)「人類文明を守る為、今この場においてはガルガンティアを守る為」という、使命感ないし正義感が存在しているという事。
そしてその、使命感/正義感ゆえに、「人類文明/ガルガンティアを守る」という点において、ガルガンティアの人々との間に二項対立が発生しえる、という事をレドは理解できない。
それ故にレドはいっそう、「兵士の使命」に閉じこもる事になってしまう。
この転がし方は面白かったです。
まあ、ここまでの流れを考えると、もう少し落ち着いて話し合えばわかり合えそうな気もするのですが、その為に、ガルガンティア側のデリケートな部分に抵触させる事で、その反応をややヒステリックな所に置いている。
つまり、互いの文明におけるタブーとイデオロギーが衝突してしまった状態であり、ゆえにお互いが、お互いの理屈で相手を否定する事になる。
ガルガンティアとレド、という、社会と個人の関係に落とし込んでいるわけですが、これは当然、文明の衝突、国家の衝突のミニチュアであり、そこに今後、作品としてどんな解答を提示するのかは、楽しみな所です。
で、この辺りでレドの言動に使命感とか正義感みたいなものを滲ませる事で、ちゃんと主人公させているのもいいし、だから面白い。
一方、船団上層部の動きは、やや唐突。
ピニオンの行動自体は、ベローズがずばっと切り込んだように、子供の勲章、タブー破りの快感、が主で(背景が肉親がらみであるようですが)、そこはわかるのですが、この割とリスキーな動きに上層部の一部が噛むというのは、やや急展開に過ぎた感はあります。
結局、上層部の描写が紋切り型以上のものになっていないから、という所に行き着いてしまうわけですが。
これと合わせて、ガルガンティア全体の規模が、作り手が思っているほど巧く表現されているとも言いがたく、「ここで大規模な船団が抜けると〜」と言われても、どうにもピンと来ません。4話冒頭のドッキングの時以外に、そういった寄り合い所帯としての描写・説明も一切ないわけですし。
だから、船団長の医者へ対する語りも、今ひとつ、力を持たない。
船団長のガルガンティア全体への思いを語らせる事で、ラストの船団離脱の布石かつショック度を上げる効果を狙ったのでしょうが、寄り合い所帯としてのガルガンティアにも船団長にもそこまでの積み重ねが無かった為、機械的すぎる上に、機能していたとは言いがたい。
上層部及び船団全体の描写(表現)不足、という序盤からの問題点が、改めて浮き彫りになってしまいました。
次回その辺りにもう少しスポットが当たりそうですが、前に入れないといけない部分ですし、どうにもその辺りは惜しい。
後こうなると、レドの属する文明世界がヒディアーズと衝突するに至った流れは劇中でしっかりと描いてほしいところですが、さて、そこまで回せるか。
色々あるけど、引き続き、後半戦も楽しみです。