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『流れよわが涙、と警官は言った』(フィリップ・K・ディック)、感想

調子が微妙なので本でも読むか、と手に取ったのがディックだったのは我ながらどうかと思った。


人気TVショーの司会者にして歌手、三千万人のファンを持ち、優れた容姿と能力に恵まれたタレントのジェイスン・タヴァナーは、ある夜、女性関係の問題から瀕死の重傷を負う。緊急手術を受けて目覚めたジェイスンが寝転がっていたのは、彼の生活レベルからするととても考えられない安ホテルのベッドであった。慌ててマネージャーと連絡を取ったジェイスンは、誰も自分の事を覚えていないという驚くべき事態に直面する。身分証明書が消えたばかりか、国家のデータバンクに登録されている筈の出生証明書すら存在せず、ジェイスンは一夜にして“社会的に存在しない男”と化していた。果たして自分の身に何が起こったのか……ジェイスンは悪夢からの脱出口を探し出そうとするが……。
金も名声もあるTVタレントだった筈が、わけのわからないままに自分の存在証明を失い、その為に管理社会において、強制労働施設へ送られる瀬戸際に立つ――アイデンティティの喪失から命の危機にまで追い込まれた主人公がその窮地を脱しようとするサスペンスをベースに、警察権力の強い管理社会、何が本当で何が嘘か、悪夢じみた世界、出会っては別れる女達、そしてドラッグ、とディックらしさが散りばめられた長編。
個人的に、長編のディックにはあまり波長が合わないのですが(短編はけっこう好きなのがあるのですが)、はっきりとした謎があってテンポよく進むサスペンス構造なので、ディックにしては読みやすかったです。
その上で、謎解きの部分は肩すかし気味だったのですが、それによって生じる不条理こそが、この作品の一つのテーマではあるのかな、と。そしてそこからもう一つの戦いが生じ、物語は幕を閉じる。
中盤以降、登場人物達がそれぞれ、かなりストレートに作者の言いたい事を吐露するのは、好き好きでありましょうか。
私はあまり得意ではなかったのですが、一つ、気に入った部分があって

「さっきコーヒーショップでわたしに言ったわね。“わたしのレコードはほんとうにあのジュークボックスにあるかい?”って。もしなかったらと、あなたはそれが怖かったのね」
エピローグとの対比にもなっており、この小説で一番好きな所。