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『機動刑事ジバン』最終回補足

最終回、あまりにあまりなクライマックスバトルに呆然として、そのダメージが残る中でとりあえず感想はまとめたのですが、少し落ち着いた所で、“ヒーロー物としてのジバン”について、若干の追加考察を。
ヒーロー物としての『ジバン』を見る時、最終回の一つ大きなポイントは、

「人間共も、科学の名の下に平気で命を弄び、自分の欲望だけを満たそうとしている。この地上で、誰も命を大事にしているものなどいない。バイオロンとどこが違うというのか!」
「ふざけるな! この地球では、生きとし生けるものが全て命を尊び、大切に育んでいる!」

というギバノイドとジバンのやり取り。
ジバンの反論の後に、ギバノイドが「じゃあどうして俺が生まれた?」と返すとジバンが詰んでしまうという実に情けないやり取りで、今作の物語的積み上げの足りなさを決定的に証明するトドメの一撃となりました。
せめてこの辺り、誤魔化す構成にしておけば良かったのに、何故か正面から突撃した事で、ジバンが大クラッシュ。一応51話で、これまでずっと便利用語として使ってきた「愛」を、「本当の愛とは薄っぺらい優しさを切り捨てる事!」と一昨日の方向に独自の定義づけを行ったのですが、方向が一昨日だったので、勿論、テーマ的なものとは全く関わりませんでした。
ジバンは一応、「愛」とか「命」を定期的にお題目として掲げてはきたのですが、物語中においては延々と「バイオロンを抹殺する為のヒーロー」であり、その中で語られた愛は「まゆみちゃーん、まゆみちゃーん」という私情にまみれた愛であり、むしろそれが終盤になればなるほど強調されてしまった為、全人類的なアガペーと肉親に対するラブが、当然作劇の中で噛み合いませんでした(ゆえに、まゆみちゃんを実の妹にしてしまったのは、本当に大失敗)。
内実の違うものを便利用語にまとめようとして破綻する、というままある話なのですが、物語の説得力も、ヒーロー個人の説得力も、共に持ち込めなかった、というのが残念ながらヒーロー物としてのジバンの着地点でありました。
そんなジバンはラストでは、まゆみちゃんへの手紙の中で、世界にはまだまだ命を大切にしないものが数多く存在する、とギバノイドに対する自分の発言を否定(^^; だが何故ならそこには悪があるからだ、と強引に修正。そして世直しの旅へ――という旅立ちエンドは定番ではあるのですが、ジバンの場合そもそも公権力を背景としたヒーローだったので、ここで権力を捨てて、個のヒーローとして新生する、というのはちょっと面白い。
今後、抹殺行為の法的根拠が無くなりますが。
ジバンの公権力ヒーローというコンセプトは、結局、公権力と巧く噛み合わなかったのが残念な所。クイーンコスモ戦を経て最終的にはバイオロンと戦うヒーローではなく、地球を守る為に戦うヒーローにすり替わってしまいましたし(それも直人自身の意識の変化ではなく、柳田の台詞などで外堀から変えられてしまっている)。
また、前半曖昧にしていたツケで、最後まで警察関係者がバイオロンについてどのぐらい把握しているのかよくわからなかったのも(最終的に少なくとも洋子先輩と村松は認識していましたが、さすがに何度も怪人に遭遇したからですし)、マイナス。情報認知の線引きをハッキリしなかった事で、物語そのものが不安定になってしまいました。
この辺りの失敗は、明確に警察組織の一部署となった次作『特警ウインスペクター』などに活かされる事になり、後の『特捜ロボジャンパーソン』で法と公権力が吹き飛ばされる事になります(笑)
ブルースワット』がまだ未見なのでそこまで繋がっているのかわかりませんが、『ジバン』〜『ジャンパーソン』までは目に見える流れがあるな、とハッキリわかったのは、『ジバン』を見た数少ない収穫(^^;
二つ遡るとメタルダーもそもそも税金で作られている筈なので、そういう視点では公権力と関わりの薄い『ジライヤ』の異彩さが改めて浮き彫りになる所でもあります。
というわけで、ロンリーヒーローへの道を歩み出した直人/ジバンですが、「この地球では、生きとし生けるものが全て命を尊び、大切に育んでいる」という理想を現実にする為に、それ以外を悪と断じるという思想、『ジバン』の行き着いた着地点は“臭い物は、抹殺する事も許される”であるな、と(笑) まあそれはそれで、今作のテーマとしては貫かれているという事なのかもしれません。
さて、直人/ジバンは誕生編(第11話)において、改造手術の影響により「君の命はいつまで保つかわからん」と言及されており、ラストの旅立ちは、まゆみちゃんの前で突然機能停止に陥るという悲劇を避ける為、敢えて残された余命で悪と戦い続ける道を選ぶ……そしてまゆみちゃんとの間に「いつかの未来での帰還の約束」をする事で、田村直人/機動刑事ジバンは、エターナルなヒーローとして昇華する、と考えると、ヒーロー性も増し、ちょっと切ない叙情感溢れるエンドになるのですが、が、そういう格好いい解釈したくないなーというのが、『ジバン』に対する私の偽らざる本音です(笑)
ここまでこれだけぐだぐだだったのだから、『機動刑事ジバン』は、どこまでも、ぐだぐだであるべき!(おぃ)
で、kanataさんから頂いたコメントで閃きました。
直人/ジバンは劇中で一度、スペースマッドガルボとスペースサイノイドの攻撃で死亡が断定されており、その際の謎コンピューターによる再生強化により、不具合による寿命の問題が解決された可能性があるのでは、と。
まあこれは勿論、“こういう解釈の余地がないこともない”程度の話ではありますし、そもそもそれなら、謎コンピューターを隠し、ジバンの不具合を修正できるのに修正をしなかった理由がわかりません。
――――だがしかし、それが最初から意図されたものであったならば。
「ジバン計画」の問題点、それは人間の改造手術という些細な倫理上の問題などではなく、個人に強すぎる力を与えてしまう事にあった。この、ジバンそのものの反逆と暴走という危険性を防ぐべく用意されたリミッターが「少女まゆみ」であり、「寿命」の問題だったのだ。ジバンが機能停止の危険性を抱えているのは、瀕死の五十嵐博士による未完成の手術の結果ではなく、ジバンの裏切りを防ぐ為に当初から仕組まれた計画の一端だったのである。
そしてジバンが任務を真摯に遂行し、外付け良心回路であるまゆみがそれを一定数認めた時に、ジバンに更なる力を与え寿命の延長を自動的に行う為に密かに建造されていたのが、謎コンピューター(恐らくボーイにはこの辺りの裏データがプログラミングされていたのが、ハリーボーイに悪魔合体した際に失われたのだと思われます)。
そう、ジバンが改造人間として善行を積めば積むほど寿命が延びるという、すなわち……
ぜんまいざむらい』システム!
……ハッ、真面目な話をするつもりが与太話にズレた挙げ句、恐ろしい真実に辿り着いてしまったかもしれない(待て)
そしてこのシステムの発動キーが五十嵐博士の墓石に用意されていた事を考えると、五十嵐博士は実は生きている!!
……まあこれは、生前から墓石を用意して仕込んでいたと考える方が妥当でありますが。
ちなみに、「五十嵐博士・真の黒幕説」は途中でちょっと思いついたけどベタすぎて面白くないので文章にはしなかったのですが、本編見る限りほぼ黒幕だったという(笑) 廃液処理場から歩み去るギバノイドの姿を見つめる五十嵐博士、というワンカットは、わざわざ役者さんを呼んでまで撮る必要があったのか。
長年暖めていたジバン計画(改造人間の制作)の予算を確保する為に人類への悪意を見逃したようにしか見えなかったのですが。
かくして世界各地で悪と戦う直人/ジバンは、その背後に共通する、“ある人物”の影を感じる。まさか五十嵐博士は生きているのか、ならば何故姿を隠したのか、ジバン強化システムの真実、ジバン計画に秘められた野望、まゆみの秘めたる力の正体、宇宙を汚し、命を弄ぶ、本当の邪悪が今、その姿を現す――。
続きは、ジバン×ジライヤ×ファイヤー、3大ヒーロー競演の劇場版で!
……えー、ぐだぐだでオチがつかなくなてきった所で、こんな感じで。