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主にスケール対比描写で振り返る『Gレコ』1−4話

曲がりなりにも4話まで感想を書いて少しばかり余裕が出てきたので、ちょこちょこと補足的な内容、言及しきれなかった部分について適宜、思いつきで書き足していこうと思います。
思いつきなので、どちらへ転がっていくかは、書いている本人にもわかりません。多分オチない。
さて、富野監督のロボットアニメといえば、人間と架空のロボット、ロボットとそれ以外のスケール比を丁寧に盛り込むのが一つ特徴であり職人技ですが(当たり前のようですが、当たり前ゆえに割とこのスケール感の対比描写が抜け落ちている作品もあったり)、そんな対比描写を1−4話までざっと網羅しつつ、合わせて主にメカ描写に関して気付いた事に触れてみたいと思います。
◇第1話

第1話では基本となるMSと人間の対比を織り込みつつ、物語のキーとなる軌道エレベーターに重点。特にサブタイトル後の、大聖堂での法王のミサと観光客→観光客の見つめる軌道エレベーター→そこに搭載されているMS→発進した軌道エレベーターの遠景、と日常風景からスムーズに特徴的な舞台装置へと繋げつつ、主要な要素のスケール対比を織り込んでいる流れは、実に見事。
実習が始まってからはMSと人間の対比が中心になり、特にベルリが最初にレクテンに乗り込む時の、ドアを開けると背中を向けたレクテンのバックパックで大きく影が出来ている、レクテンの周りで動いている作業員、そしてコックピットの中に入るベルリ、と巨大な物の中へ入っていく(そしてそれを操る事になる)、という流れがかなり丁寧。
最後は、ベルリが乗り込んだG−セルフの周囲に作業員を漂わせつつ下からなめるカットで大きさと上昇感を出し、カメラを引いて軌道エレベーター(これは、蜘蛛の糸なのかもしれない)と巨大な地球を対比する、という狙い澄ました絵で終了。
人間、MS、軌道エレベーター、そして地球、の関係が1話を通して見て取れる構成になっています。
ところで話ズレますが、ベルリがG−セルフにレクテンパンチを放とうとする時に「スコードぉ!」と叫んでいたのを確認(すっかり忘れていた)。つまり4話のあれはレイハントンコードとは特に関係なく、デレンセン大尉の「チェストぉ!」とか、某赤い眼鏡の人の「ユニバーーース!」的なものか。
◇第2話

  • パーティ会場の側に立つMS(レクテンとカットシー
  • 二足歩行メカに乗るノレド達
  • 切断されたカットシーのパーツと運河に浮かぶ船
  • 破壊される囚人の塔の先端と吹っ飛ぶレクテン
  • グリモアの足下を走り抜ける二足歩行メカ
  • 窓の外をよぎるビームサーベル
  • カーヒルグリモアによる建造物の破壊
  • 街灯を破壊するMS用マシンガンの薬莢

第2話で中心となるのが、“街でMSが暴れたら”という描写。過去作品では劇場版『F91』が強烈ですが、建造物とMSの対比が主に描かれています。
また印象深いのは、囚人の塔で窓の外に見えるカットシービームサーベル。第1話のG−セルフに続いてビームサーベルを強調すると共に、戦闘との距離感の近さが、否が応でも緊迫感を引き上げます。グリモア部隊が囚人の塔を襲撃するのをベルリ達が見つめるシーンで、ノベルがスポットライトを点灯する所などと合わせて、少々、怪獣映画っぽい演出でもあり。
今作かなり、“背後の芝居”が多いのですが、キャラクターの背景の窓に何かを入れる、という演出は繰り返し用いられています(第1話でも、ベルリがレクテンを動かそうという所で、小窓からルインが覗いていたり)。
もう一つ、大きく注目したいのは、ベルリ達が移動に使った二足歩行メカ。安全性にはいささか疑問があるものの(あの高さから落ちたら痛い)、ちょっとした未来感のある乗り物として、思わぬ大活躍。パーティの賓客が自動車に乗って逃げているので物語世界に自動車はあるようですが、二足歩行メカはそのある程度の荒唐無稽さゆえに、ベルリ達が乗り回していても違和感がないという機能性を発揮しています。
また、自動車ではなく、二足歩行メカゆえの柔軟性と踏破性が、運河を飛び越える際やグリモアの足下をかいくぐって囚人の塔に突入する時に活かされており、物語内部でしっかりと意味を与えられています。
ここで重要なのは、二足歩行メカの存在しえるリアリティよりも、二足歩行メカだからなし得た行為が劇として描かれている事。この、劇の中で意味を与えられるという作業により、ガジェットは劇中でのリアリティを持つに至ります。
ゆえに、この第2話で二足歩行メカが多少はっちゃけた活躍をしている事が大きな意味を持つ。
また、第1話冒頭で、巨大ロボット(MS)が、その手で人間を救い上げているという描写も、劇中で人型ロボットに意味を与えている行為といえます。
第1話ラストのG−セルフのポーズを考え合わせると、アバンタイトルにおける、ラライヤを手で掴む(助ける)カットシー、というのは物語の始まりを告げるという以上に、意味の大きいシーンなのかもしれません。
◇第3話

G−セルフが調査部に運ばれていく所で、やたらキラキラしたキャピタルの都市の外観、地上の事などまるで知らぬげに動いている軌道エレベーター、という絵は非常に好き(軌道エレベーターには、動かし続けなければならい事情がある可能性もありますが)。

神、空にしろしめす。
なべて世はこともなし。

とでも言ったものか、どこか下界との隔絶を感じさせます。
ここでラライヤがビームライフルを枕に寝ているというのは、こちら
〔ガンダム Gのレコンギスタ 第三話感想その1/銀河孤児亭〕
を読んで、初めて気が付きました。言われてみると確かにビームライフルだ。ラライヤ、割と恐ろしい子。1話冒頭のラライヤの大袈裟ともいえる涙のシーンは最初見た時は演出として違和感があったのですが、話が進んでくると、ギャップを見せる為に、最初の感情表現を派手に描く必要があったのだな、と納得。
そして実にさらっと、人を殺傷する兵器が使い方次第で、人に安息をもたらす物として描写されているというのは成る程お見事にして大胆。
ある程度自分の感想が形になってきたので、遅まきながらよそ様の感想を幾つか拝読したのですが、なにぶん盛りだくさんの作品なので、見る人それぞれ、注目点が色々あって実に面白い。
今回のお題とズレますが折角なので、3話の姫様踊りながら登場、についての面白い考察。
〔『Gのレコンギスタ』(Gレコ)3話で、なぜアイーダ様は踊りながら出てきたのか?/富野とかBLOGサイト2〕
個人的には、姫様アホの子で済ませていいかどうか悩んだ挙げ句に感想ではスルーする事にしたのですが、アイーダさんがベルリに余裕を見せつけているというのは、なるほど。その後の「大佐は紳士でいらしゃいます。ご心配なく」というのも割と唐突な台詞に感じていたのですが、ある種の嫌味なのだと思うと、納得できます。
そのアピールが何故「踊る」なのかというと、属性:アホ可愛い、なので仕方がありません。
今回初めて海賊の母艦が登場するのですが、ここでカメラを下から上へ動かし、最初に海に浮かぶヨット→戦艦→そして着艦するMS、という順番で見せる事により、まず現実と地続きのスケール感を視聴者に与え、その後で架空の物同士を絡める、というのが細かい仕事。
また、ノレドを乗せて帰宅したベルリが警備のレクテンキャノンの足下を通り過ぎて、前回の緊張感が緩んだ今回序盤に改めて、MSの大きさを入れています。
後半の中心になるのは、キャピタルタワーに迫るモンテーロと、大自然、様々な動物の描写。かなり色々な動物が(コミカルタッチなものも含めて)描かれており、巨大なマシンと対比されています。またクリム・ニックの視点により、密林の向こうで天へ向けて高く伸びる軌道エレベーターが描かれており、ここで軌道エレベーター周辺の自然環境が初めてわかりました。
動物といえば、ベルリの家の壁にカバの頭の剥製がかかっており、なかなか異彩を放っています。単純にステータスシンボルというイメージかもしれませんが、富野作品だけに「実はこの時代、カバは○○の象徴」みたいな、特に使われない凝った設定があったりもしそう(笑)
衝撃のトイレなど、居住性(引いては継戦能力)の向上が窺える今作のコックピットですが、人間4人が乗り込んでまだちょっと余裕がある、というのは兵器の操縦席としてはかなり広いか。G−セルフに限らず、モンテーロの方も手を大きく広げて両側につく、程度のスペースが確保されていますし。現時点では物語都合といえばそれまでですが、この空間の確保は今後、劇的な意味も持ってくる可能性はあるのかな、と。
あと、前回作品世界に馴染ませた二足歩行メカが、調査部へ向かうベルリとノレドの会話シーンで大ジャンプを見せ、メカの描写が登場人物の感情表現とシンクロしているのも面白い所。
◇第4話

アダム・スミスさん、大活躍。
ある種の富野作品名物である、響きのいい名前がフルネームで連呼されるキャラ、ですが、MSの間でちまちま動き回って、映像的にかなりの仕事ぶり。G−セルフの指先に潰されそうになるのは、第3話でアイーダが操るG−セルフが動く時にシールドが足下の整備員にぶつかりそうになるのと同様、独立したコミカルな面白さがある上で、MSと人間のスケール比がよく見えるシーン。
また今回は、MSコックピットの乗り降りに伸縮ワイヤーを用いる描写が幾つか入った上で、ベルリが飛ばしたG−セルフを見上げるノレドとラライヤ→左下からアイーダを乗せたキャットウォークがさえぎる様に画面に入ってくる、コアファイターの隙間から下に居るノレドに声をかけるベルリ、など、高低差を用いた立体感のある演出が使われており、1−4話まで同一人物(斧谷稔)が絵コンテを描いている事を考えると、意図的に高さの感覚を強調して取り入れてきたのかと思われます。
冒頭、海賊の母艦を見て、宇宙に行って帰ってきたに違いないと考えるベルリと、海に浮いているから船だと考えるノレドの、知識の差による物の見え方の差異も面白い。
あと、第3話の時に、MS用の飛行メカが明確に有人操縦と描写されており、あんな運動性能の悪そうな飛行機でMSの空中戦に参加とか酷すぎる……と思ったら、今回からカットシーが飛行パックを装着。まあそれでも、戦域に入って飛行メカが撃墜されたりしていましたが(^^; モンテーロはある程度、飛行性能の高い描写があり、グリモアとの差別化と共に用いられている技術レベルの高度さが窺えます。
とりあえず、今回はこんな所で。