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『鳥人戦隊ジェットマン』最終話感想・追記分

昨日感想を書き上げた時点で繋がり切らず少しもやっとしていた部分があったのですが、タイキさんにいただいたコメントと、一晩経って練れた事でそこが繋がったので、最終話感想に追記。
元が長文なので、以下、追記部分を抜粋。


……て、結局なんか書いてますが、とにかく美しい。
の後から。
−−−−−
で、この美しさとはなんだろう、というのがなかなか言語化できなかったのですが、それは、基本的に自分の欲望に忠実で我が儘勝手だった結城凱という男が、“幸せな仲間達の姿に満足げになる”所にあるのだろうな、と。
ラストの、集合写真を皆で撮る事になり、「疲れてるみたいだな。少しそっとしておいてやろう」の後でBGMが入ってメンバーそれぞれを映す所はベンチに座る凱の視点だと思っているのですが、その眼差しは優しく暖かい。
確かに凱は、最後まで竜以外の誰かとは同じフレームに収まらなかったかもしれない。
けれど、彼等の幸いを喜んでいる。
集合写真の輪に加わらず、ベンチに座る凱と彼等の距離感は、縮まりきらなかった距離であるかもしれないが、同時に人は、その距離を超えて他者の幸いを祝福できるのだと、そんな絶妙な距離感を表しているようにも思えます。
そしてそれこそが、「俺達が守ってきた青空」である。
ここで実に今作らしく、“漠然とした守るべきもの”と“具体的な幸い”が重なり合い、それにより受け手もまた、その喜びに共感し、その美しさを知る事ができる。
――空が目にしみやがる。綺麗な空だ
それは、遠いけれど目に届く、澄んだ青空のような美しさである。
だからスタッフロールに入る前の、本編ラストは、画面一杯の青空で終わる。
それは多分、結城凱が最後に目にしたものだから――。
……あーそうか、結城凱の物語には確かに「充足」という要素があるのですが、かといって“満足した男の死”というのをここまで肯定的に描いて良いものだろうか、というのが長らく何となく引っかかっていたのですが、ここで重要なのは、凱が最期の時に、
「死にたくねぇ!」よりも(あいつらが幸せそうで良かったじゃねえか)という思いを抱いている事
なのか。
最期にその感情を得るという事が結城凱の着地点であり、作品として肯定しているのは“結城凱の死”ではなく“その感情”である。
人間は確かに愚かで身勝手で地球を汚す存在かもしれないけれど、そんな風に思える時もある。
その先に、青空があるのではないか。
それは選ばれたヒーローのヒロイズムではなく、どこにでも居る人間が抱ける思いであり、だから皆の心の中で、その思いを暖めて欲しい……。

こころはタマゴ 小さなタマゴ
あしたまで あたためりゃ
鳥にもなれる 雲にもなれる
もしかあの子が好きならば

誰かを愛する心が、やがて世界へ広がっていくように。
−−−−−
ジェットマン』というのはとことん、どうして世界を守りたいと思うんだろう? という物語だったのだな、と。全体の構造論なども出来ればまとめたい所ですが、とりあえず、現状こんな所で。