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『ワイルド・カード1 大いなる序章(上・下)』感想


 1946年9月15日――第二次世界大戦の余韻覚めやらぬアメリカ・マンハッタン上空で、異星人がもたらしたウィルス爆弾が爆発し、撒き散らされたウィルスに感染した者の90%、推定1万人が死亡するという大惨劇が発生する。生き残った10%もまた、後に<ワイルド・カード・ウィルス>と呼ばれる病原体の作用により、その多くが肉体的なミューテーションを遂げ、奇怪な姿へと変貌してしまう。だがその一方で、更に一握りの感染者は特殊な超能力を発現させ、“エース”と呼ばれる事になるのだった……。
現実のアメリカ史をベースに、異星人のウィルス爆弾によって生まれた超人(エース)と肉体変異者(ジョーカー)の存在によって変容する世界を描く歴史改変テーマSFにして、複数の作家が参加するシェアード・ワールド・ノベル(作者達によると「モザイク・ノベル」)。
1巻時点では11人の作家が参加。連作短編集というよりは、1946年の始まりから少しずつ時間が進んで社会の変容が描かれながら、そこに登場人物達が出そろっていくといった具合で、リレー長編、とでも言った方がしっくり来ます。それを、企画のまとめ役であるジョージ・R・R・マーティンが、幕間などを担当して全体を繋いでいるという構成。
2015年現在に導入を読むと如何にも国産ライトノベルめいておりますが、アメリカでの刊行は1987年で、より雛形に近いものかと思われます。
巻末の解説によるとそもそもは、アメコミのスーパーヒーローを題材にしたTRPGがベースだそうで、マーティンはじめ作家仲間で大はまりしたそれを遊びまくっている内に、「あれ? これだけ設定とか物語とかに労力注ぎ込むなら、遊びでやっているよりも小説にした方が良いのでは」と思い至り、<ワイルド・カード>世界と、その作家グループが出来上がったとの事。
そういった経緯からか、コミックスのヒーローものとの差別化をはかる意図が強いのか、全体的にセックスとドラッグに溢れているのが大きな特徴。ヒーローの1人などは、能力を発現するプロセスが性的ヨーガという(^^;
また、グロテスクな肉体変容者であり、隔離政策を取られる事になるジョーカー差別の問題が繰り返し描かれるなど暗いトーンのエピソードも多く、上巻の半分ぐらいは重苦しいまま終わってしまい、ビックリするレベル。
歴史改変テーマとしてもかなりシリアスで、基本的に現実のアメリカ史をなぞり、赤狩りがエース狩りに繋がったり、ジョーカーがベトナム戦争の最前線に恣意的に送り込まれたり、など、現実のアメリカ史における暗い影をヒーローがひっくり返すのではなく、エースやジョーカーの問題をそこに絡める事で、架空アメリカ史という形で見つめ直す、という構造。
1巻は各ヒーロー&敵役の顔出し編にあたり、2巻以降は舞台が現代になる事で大きな年代ジャンプも無くなり、少し雰囲気が変わってくるようですが。
全体の序章、という事で宙ぶらりんに終わるエピソードもあるのに加え、これだけ数が集まると作家の力量差も出てきてしまいますが、好きなエピソードは「シェル・ゲーム」「地底深く」「狩人来たる」。
特に「地底深く」の都市伝説ホラー少々暗黒神話風味、というのは単発エピソードとして見てもなかなか面白かったです。
「狩人来たる」は、1巻最終話にして遂に登場した、エースに勝てる一般人、のキャラクターが格好いい。
折角格好いい人が出てきたところで、次巻以降に続く、となってしまったのは残念でしたが(^^;
で、手当たり次第に海外SFを買い集めていた頃に入手したのでどこまで続いているのか全く気にしていなかったのですが、解説によると、日本語1巻が出た時点で、10巻まで出ていました(^^; 3巻ぐらいまで見た記憶あるけど、日本ではどこまで刊行されたのだろう……とちょっと調べてみたら、3巻まででした。解説には3巻で一区切りで4巻から新展開みたいな感じに書いてあったので、とりあえず3巻まで刊行して、後は評判と売れ行き次第、みたいな出版だったのかしら(※訳者の黒丸尚氏が亡くなった影響があったとの事)。
そして本国では、2014年に22巻が発売されていた!
エログロ要素が少々露骨すぎるきらいはありますが、ヒーローと歴史改変テーマをミックスしつつ<伝奇>にならない、というのがなかなか興味深い1作でした。