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解題――『特捜ロボジャンパーソン』

〔感想まとめ〕の総括がなかなかまとまらないので、その叩き台として一つ。ジャンパーソンの変化を中心に全体の構成を分割しながら台詞を交えつつ振り返ってみる『特捜ロボジャンパーソン』。性質上、本編ラストまで触れているので、その旨ご了承下さい。


◆第1章 謎のジャスティスモンスター現る (1〜14話)
├1−7:前期
└8−14:後期
問答無用で悪をパニッシュして回る最初期。ジャンパーソンが最低限の口数でジャスティスの限りを尽くしていく7話までと、徐々に口数が増え、真っ当なヒーローらしい言動が増えていく8話以降に更に分かれます。
大きな違いは、それまで主題歌の歌詞通りに、教えてくれ君は誰だどこから来てそしてどこへを文字通りに体現し(すぎ)ていたジャンパーソンが、ゲストキャラとコミュニケーションを取るようになり、優しい言葉をかける機能が付くようになった事。
・「君が信じてるジョーは俺じゃない。この人だ。本当に悪い人なんて居ないんだ」(第8話)
・「英夫くん、お父さんはここにいる。いつまでも、君の胸に」(第9話)
・「君に一言云っておく。死んだものは帰らないんだ」/「よく見るんだ、これが君の兄なら、真っ赤な血が流れる筈だ」(第11話)
・「君を必要とする人間が居る限り、君はこの世に存在しなければならないんだ」(第12話)
・「正彦くん。このエンブレムの中に、U2の思い出が生きている。正彦くん、辛いだろうが勇気を持って、悲しみを乗り越えるんだ。 U2もきっと、それを望んでいるよ」(第14話)
作品としては、レギュラーだと思われた人物が次々と消えていったり、コンセプトが定まりきってない雰囲気の強い初動の混乱期なのですが、圧倒的な力による蹂躙と、人の自立を促す、という基本のスタンスはこの時期に確立していると言えます。ただこの時点では前期とのギャップが強く、ジャンパーソンの背景が全く不明という事もあり、急に綺麗事を言うようになった感じが強かったですが(^^;
ジャンパーソンの内面についてジャンパーソン自身が口にしているのは、ジャンパーソンが夢を見る第10話、新展開の前に勿体ないから初期設定を用いて1話でっちあげたのでないか疑惑の募る第13話ぐらい。
・「夢だ……これは夢だ。戦いは終わってない。まだ本当の平和では。俺は、俺は行かなくては。走れ、夢に留まるな!」(第10話)
・「私は、正義の為だけに戦う!」/「私は戦い続ける。全ての悪を倒し、私のような戦士が、必要なくなるその日まで」(第13話)
この、「正義を遂行し終える日まで戦い続ける」という如何にも正義に燃えるヒーローらしい志が、後に表裏一体を成す「人間に愛されて死ぬのがロボットの本望」というジャンパーソン理想の死に様として展開するのが、今作の恐ろしい所。
◆第2章 悪を倒せ (14〜18話)
├14:
├15:ターニングポイント・《内なる正義の声》の登場
└16−18:精神不安定期
 └17−18:誕生編・三枝かおる登場
第14話が二重にカウントされているのは間違いではなく、話の構造的には第1章なのですが、「何の為に生まれ、どう生きていくのか」というテーマが15話以降の前振りになっており、第1章と第2章を繋ぐエピソードの為です。


「おまえは正義に生きる事を望まれて生まれてきた。俺は、破壊する事だけを望まれて生まれた」
「裏切ればいい」
「おまえは自分を裏切れるか? 正義を捨てられるか? 誰も背負って生まれた運命には、逆らえないんだ」
「どう生きるかを決めるのは、自分自身だ!」
「運命が全てだ!」
(第15話「翼をすてた天使」)
今作の方向性を決定づけたのが、ジャンパーソンの中に眠っていた《内なる正義の声》が目を覚まし、“正義のロボットに生まれた”というのは本当に善なのか?と、今作これまでの価値観を揺るがす大きなターニングポイントとなった、第15話。
(完全破壊しろ。部品一個この世に存在させるな。 その為に俺は生まれたんだろ)
・「エンジェル。私も決して、祝福されて生まれてきたわけではなかった。おまえと同様、忌まわしい生い立ちをもつ。 しかしそれを自らの意志で断ち切った。どう生まれたかが問題ではない。どう生きていくかが重要なんだ」
前身であるMXーA1の残滓、邪悪な犯罪者の完全抹殺を命じる《内なる正義の声》の目覚めにより、ジャンパーソンが精神的に不安定になり、そこから改めて立ち上がるまでが、誕生編を含めた16−18話。第16話では、自分の境遇を重ね合わせる事で敵対するロボットに同情を寄せ、ジャンパーソンが初めて感情を込めて叫ぶという、非常に珍しい展開。……ロボットに精神注入棒でネオギルド精神を叩き込むというプロットも非常に珍しいですが。
「叩き込め、ネオギルド精神!」
・「それが仲間に対する言葉かぁ!」(第16話)
(なぜ揺れる……どうして躊躇する! おまえは、悪を倒す、 ただそれだけの為に生まれてきたのではなかったのか! 悪を倒せ、悪を倒せ……)「違う、違う、今の俺は、もう、違うんだ……!」/「俺は怖い。自分自身が怖いんだ、かおる」/「精神的外傷……トラウマという事か」/「俺は勝つ! 俺自身に、必ず、必ず勝つ、勝ってみせる」(第17話)
・「俺は、俺はもうあの時の俺には戻らない、二度と。俺は、俺を超える。乗り越えてみせる!」(第18話)
というわけで表向き、呪われた生い立ちを乗り越え、生まれ変わった正義の心、ジャンパーソンがやらねば誰がやる! とジャンパーソンの背景がハッキリしますが、その結果わかった事は、
公的な正義の執行者として失格の烙印を押されたけど、修復されて新しい命をつかみ取ったから、私的に正義の味方をやるよ!  だって大切なのはどう生きていくかだからフォージャスティス! と闇の正義執行人として再生した、ジャンパーソンの狂気。
そして、そんなジャンパーソンを独自の信念で生み出し、そそのかし、自分で辿り着いた意志と新しい命だからOK☆と全肯定し、 あまつさえ武装強化した上で、法律とかどうでもいいけど愛と命と正義を心から信じている信念系マッドサイエンティストの上に狂信的テロリストの素養を持ち合わせた完全なキチガイ・三枝かおるが背後に居たという驚愕の展開。
18話にしてようやく視聴者寄りのメインキャラが増員したかと思わせて、 むしろジャンパーソンよりもっとヤバい人(いっけん良識人)、というのはまさしく今作の真骨頂と言う他ありません。
◆第3章 再起動そしてガンギブソン (19〜28話)
├19−20:
├21−23:ガンギブソン
└24−28:
・「私は彼を救いたい。同じ正義を守る者として、彼を立ち直らせてあげたいのだ」/「関町さん、貴方はこの里美さんの思いがわからないのか。戦うんだ! この子の気持ちを踏みにじってはいけない」(第19話)
・「しっかりするんだ。ユウくん達を守れるのは、あなたしかいない」/「ユウくん、君のパパは、世界一のパパだ!」(第20話)
誕生編を経て、更なるレギュラー増員の前に、スタンダードなエピソード2話。人間の“心の強さ”を物凄く美化して捉えている節があり、人間愛を狂信するが故に、凶悪なスパルタで人の自立を促すという、ジャンパーソンの「俺に、人間の愛の力というものを見せてみろ」路線がより明確に。
その後は一山越えての中盤戦という事で、ライバル→仲間のガンギブソンの合流他、キャラクターと世界観の積み上げ中心。
◆第4章 ジーザス・エンド (29〜30話)
└29−30:<ジーザス・エンド>編

「ジャンパーソン、死んでもかまわんというのか!」
「その通りだ。 私は信じる。私たちが居なくなったら、人間はきっと立ち上がるだろう。そして、ネオギルドだけじゃない。 他の悪の組織も倒し、間違った科学を、正しい方向へただすにちがいない!」
(第30話「爆裂!!最期の魂」)
ヒーロー不要論を突き付けられたヒーローが「その通り! 私が居なくなったらきっと人間は立ち上がる筈だ!」とそれを受け入れて前向きに破滅しようとし、その為なら日本中のありとあらゆるロボットを一切の区別なく殺戮する対ロボット最終兵器<ジーザス・エンド>が発動しても構わない、と告げる第二のターニングポイント。
最大の問題は、これがヒーローが正義に殉ずる個人単位の自己犠牲ではなく、ロボットが人間と共存し、人権に近い物を有している世界におけるジェノサイドである事。
これまで繰り返されてきた、「ロボットは生きている」けれど「ロボットは殺っていい」というJP理論の根底にあるのは、行き過ぎた人間愛信仰と対を成す徹底的なロボット差別主義であり、誰よりもジャンパーソンが自らの出自を呪い、ロボットという存在を憎んでいるのではないかという、ジャンパーソンの抱える破滅願望が浮き彫りに。
・「浩司くん、君たち、人間の力で、もう一度、もう一度、正しい世の中に、私たちロボットを生み直してくれ!」
・「浩司くん、君たち人間の力で、正しい世の中を作ってくれ。私も頑張る。そしていつか、 人間とロボットが共存できる日が来ることを、信じている。きっとな」
ジャンパーソンの根底には、「今の世界」「今のロボットの存在」は“間違っている”という認識があり、それがリセットされるなら多少のジェノサイドは可である、という思考は、個人の体験を元にした実に身勝手なものといえ、一応正義のヒーローが、破滅主義に裏打ちされた世直しテロリズムを執行していた、というのが改めて強調されてしまうという、恐ろしい展開。
なおこの思想は少し方向性を変えると「腐った人間共を滅ぼして新しい世界を作るのだ」というよくあるラスボス思想になるのですが、その「新たな世界の神になる」のを他人(狂信する人間愛)に任せようとするのが、実にジャンパーソンの狂った所です。
◆第5章 俺達が守るべきは何なのか (31〜42話)
├31−32:ビルゴルディ編
├33:
├34:ビルゴルディ編2
├35−38:ガンギブソン編2
└39−42:
敵組織のテコ入れで、魔王ビルゴルディが誕生。普通に作れば、強敵登場→新兵器で撃破、となりそうなのですが、ビルゴルディ誕生(第31話)・普通に撃破(第32話)・vs勇者ほらだ(第33話)・改めて新兵器でビルゴルディを撃破(第34話)、と少し不思議な構成になっているのは、何かトラブルがあったのではないか、と穿ってしまう所です(^^;
半端に間に挟まった第33話が、頭おかしい傑作回なのですが(笑) 麗子様役の高畑淳子さんの出産があり、撮影スケジュールの問題が何かしらあったのかもしれません。
・「ただのイメージよ! 分かっていてもあの娘には耐えられなかったんだ! それだけおまえを大切にしていたってこったろうが!  父親なんだからよ……!」(第35話)
・「許せねえ、許せねえ! ロボットをなんだと思っていやがる!」(第36話)
・「俺にはわかるぜ、ヤツの気持ちが。サイレントにとってのジェルソミーナは、俺にとっての、キャロルさ。 ……正体がわかってみりゃ、奴はもう一人の俺だったわけよ」/「ビルゴルディ! 許せねえ! よくもサイレントの心を、愛する者を失った心を弄んでくれたな!」(第37話)
以上の台詞は全て、ガンギブソン
人間とロボットの絆、ロボット同志の愛情、を描いたエピソード群の中で、「人間の都合でロボットの自由と尊厳が踏みにじられて良いのか」と“ロボットの為に怒るもの”として、ガンギブソンがジャンパーソンの正義から自立のきざしを見せる一方、ジャンパーソンは、「人間に愛されていた事がわかったなら、役割を全うしたロボットは満足して黙って死ね」という自分の理想の死に様を少年ロボットに押しつけ、両者の立ち位置の微妙な違いが描写。
この両者の正義のズレ(人間愛信仰/ロボットの為の怒り)は膨らませればかなり面白くなる要素だと思ったのですが、ガンギブソンの持つテーマが集約される筈だったネオギルド最終決戦が残念エピソードだった為に着陸失敗。非常に勿体なかった部分です。
ジーザス・エンド>編で表向き「人間とロボットが共存できる世界にしたい!」とまとめたのだから、ジャンパーソンが人間とロボットの絆に寄り添う展開になるのかと思いきや、むしろ逆方向に飛んでいくのが、今作らしい所。
・「俺も生まれ変わったからだ。生まれ変わって、第二の人生を歩んでいるからだ」(第39話)
・「しかしおまえは生まれ変わったんだ。今のおまえは、俺たちとともに戦う正義の戦士なんだ」(第42話)
各組織との最終決戦を前に、死を体験して俗世から一度切り離される(三枝かおるも、戸籍上は死亡している)事で「真の正義の執行者」として転生できる、という『ジャンパーソン』世界の根本原理が明かされ、やや強引な展開だった第38話「GG荒野に散る」は、ガンギブソンがジャンパーソン(MX−A1)と同じ臨死体験を経る事で「正義の戦士」 としてのイニシエーションを終える為にどうしても必要だった事が判明。
そして、正義の執行者は高らかに宣言する。
「俺たちが守るべきは法律じゃない。命と愛だ!」
この「愛」というのは、今作の中心的テーマであると同時に、その用い方が今作の大きな特性の一つなのですが、その辺りはいずれ総括で。
なお「法律」は第1話からずっと意識的にぶっちぎりっぱなしなので、そもそも最初から天秤の上に乗せた事が無い、というのがこの台詞のポイントです。
◆第6章 ジャンパーソン・フォー・ジャスティス (43〜50話)
├43−44:SSN最終決戦編
├45−46:ネオギルド最終決戦編
└47−50:帯刀組最終決戦編
三大組織との最終決戦編。
これまで散りばめてきたテーマをまとめる所ですが、45−46話が大惨事になってしまった為に<ネオギルド>編で片付けるべきテーマ性が帯刀の方にずれ込んでしまったりありつつ、何とか着地。最大のポイントは、3クール目辺りで徐々にマイルド路線に修正が入っていた三枝かおるが、元の狂気を取り戻した事(笑)
ボリュームありすぎて簡便にまとめられないので、興味を持って下さった方が居たら、こちらを読んでいただければ幸いです。
〔『特捜ロボ ジャンパーソン』感想まとめ5〕
結局そうなるのか、というわけで、総括への道は遠いですが、じわじわ形にしていきたい。