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『手裏剣戦隊ニンニンジャー』感想番外

マンガ落第忍者乱太郎尼子騒兵衛)のコミックス37巻、そのアニメ版にあたる忍たま乱太郎では2006年4月10日放映の第14シリーズ第6話に「忍者の三病の段」、というエピソードがあり(この回の脚本は浦沢義雄。下山健人自体は、このシリーズ他に参加経験あり)、更に元を辿ると、忍術の秘伝書として有名な万川集海にこの「忍者の三病」に関する記述がある模様。
万川集海』の原文を確認できなかったので元々の表現はわからないのですが、色々と見た限りでは問題の部分は、「考えすぎ」といった解釈が多い様子で、いただいたコメントにもあるように、いざ事にあたった時に決断が遅れてはいけない、といった戒めのようです。
さすがに、軽い気持ちで師匠に縁の深い作品のパロディをしただけではなく、出典があるのを把握した上で“忍者の心得”として作品に持ち込んだのだと思いたいのですが、元に近いまま「恐れるべからず・考えすぎる(思い悩む)べからず・侮るべからず」だと語呂が悪いので、置き換えた結果「恐れるべからず・悩むべからず・侮るべからず」にスライドして、変換ミスが発生したのか。
思えば第2話における霞の


「天晴くんって、何も悩まないですよね。それってニンジャとして、一番凄いです。……お馬鹿さんだからかもしれませんけど」
というのはこの時点では、一般市民を守る為に迷わず戦える決断力、という点においてそれほどズレていなかったのか。
問題点は第一に、「悩まない」と訳してしまった事により、「○○“すぎ”」という過度を戒める否定的な要素を付け加えたニュアンスが、消滅してしまった事。
第二に、「お馬鹿さんだからかもしれませんけど」という台詞により、「悩まない」と「考えない」のイメージを近づけてしまった事。
第三に、「悩むべからず」とは何か、というのを具体的に描く事で物語の中に落とし込めばまだ良かったものを、それをずっと曖昧にしてしまった為に、劇中の描写と繋がらないままだった事。
第四に、こうして言葉だけが浮き上がってしまった「悩むべからず」が、どう考えても物語のコンセプトと相性が悪かった事。
第五に、劇中の扱いを見る限りまだ「迷うべからず」の方が意味が通ったと思うのですが、その「迷い」というキーワードをキンジに与えてしまった為に内容の微修正もままならず、結果、キンジは二重三重に迷って大気圏を離脱してしまい、作品として心が弱い=悪みたいな勢いに。
これら諸々により、劇中で時折まとめられる「悩むべからず」と物語で描かれてきたものがしっくり噛み合わず、言っている事と描かれている事が乖離したまま最終盤に突入。そしてキーワードそのものは元ネタがあるので、君臨せざるを得ない、という袋小路。
設定を大事にしないので要素を物語の中に落とし込むという作業が雑で、その為に原典のあるキーワードが物語から浮かび上がったまま“解釈”が今作の物語と融合しない、という大惨事コンボが発生。
こういう原典があるならそれこそ、霞が敵の攻撃を深読みし過ぎて失策を犯す(判断の遅れから決定打のタイミングを逃して一般市民に被害が及びそうになった所をかばった仲間が負傷するとか)みたいな展開にすれば、「悩むべからず」の中身を描きつつ、霞ならではの敗因を作ったりできたと思うのですが、最近の『ニンニンジャー』はこの辺りもどこまで共有されているのかから、不審を抱くレベル。
(……今思い出しましたが、一応、獅子王初登場回のニンニンジャーへの駄目出しは、この辺りの要素だったのでしょうか……そこからあまり強調して繋げられた記憶は無いのですけど)
中盤以降、どうしてここまで物語とキーワードが食い違っているのだろう、と疑問だったのですが、とにかくキーワード先にありきで、その内容を追求していなかった、のだとなんだか色々、腑に落ちました。
完本 万川集海

完本 万川集海

ちなみに『万川集海』は今年の5/22に国書刊行会から新たに現代語訳本が出ており、746ページで、お値段6,912円!