はてなダイアリーのサービス終了にともなう、旧「ものかきの繰り言」の記事保管用ブログ。また、旧ダイアリー記事にアクセスされた場合、こちらにリダイレクトされています。旧ダイアリーからインポートしたそのままの状態の為、過去記事は読みやすいように徐々に手直し予定。
 現在活動中のブログはこちら→ 〔ものかきの繰り言2023〕
 特撮作品の感想は、順次こちらにHTML形式でまとめています→ 〔特撮感想まとめ部屋〕 (※移転しました)

ミステリ熱継続中

◇『江神二郎の洞察』(有栖川有栖
学生アリスの大学入学から約1年間の出来事を綴った、江神シリーズ短編集。収録作品が1986年のデビュー作から2012年の書き下ろし作品までに及んでいる事もあってか、少々ちらかった印象。短編集のアベレージとしてはもう一つでしたが、個人的に一番好みだったのは、巻頭の「瑠璃荘事件」。
◇『ダリの繭』(有栖川有栖
サルバドール・ダリに傾倒するやり手の宝石店社長が、別荘で死体になって発見される。死体は何故かフロート・カプセルの中に浮かんでおり、そして社長のトレードマークであるダリ髭を失っていた。果たして現場の不可解な状況は何を意味するのか……?!
火村先生が33歳の誕生日を迎えたり、肩書きがまだ助教授だったりする事の長編。出来としては特筆する所なし。
◇『恋と禁忌の述語論理』(井上真偽)
大学生の森帖詠彦の美しい叔母・硯は、セミリタイア中の天才数理論理学者。詠彦はその硯に、自分が遭遇し、既に名探偵によって解決した事件を語り、その真相の証明を依頼する。果たして硯と数理論理学は、探偵の推理の正誤を“証明”する事が出来るのか――。
ちょっと最近の作者から。
3話+エピローグで、1話ずつの事件と探偵の解決があり、それを真の探偵である硯が解明する、という構成。硯及びそれぞれの探偵には、探偵を探偵たらしめている思考法の「核」が設定されており、それによりキャラクターとしての探偵に個性をつけて併存させる、という着眼点はなかなか面白い。
ちょっとした仕掛けがあるので物語そのものについては触れづらいのですが、まあまあ面白かったです。
難点は、キャラクター小説としての出来は悪くないのですが、繰り返し強調される割に“天才”の描写が甘い事。
語り手の詠彦は探偵役の硯の賛美者なので、語り手が探偵を賞賛する構造自体に基本的な違和感は無いのですが、「底知れぬ知力が恐ろしい」まで言われると、説得力が微妙で少々引いてしまいます。
メフィスト賞受賞(つまり応募)作で、年齢不詳気味の天才美女、ときたら、それはすなわち、真賀田四季への挑戦ではないのか、と捉えるのはこちらの勝手な思い込みかもしれませんが、作中の他の探偵を上回る“天才”と銘打ったキャラクターを描くならば、もう一押し欲しかった所です。
……真賀田四季のように、作者の愛が高じすぎて作品世界を支配する神になってしまうのは良し悪しなので、案配はありますが。
◇『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)
かつてカルト教団で行われた集団自殺の唯一の生き残りである少女から、自分が人を殺していないかどうかを調べて欲しい、と依頼を受ける探偵、ウエオロ・ジョウ。集団自殺の際の曖昧な記憶の中で、少女は、確かに首を切り落とされた筈の少年に守られて生き延びた、というのだ。もしそれが幻想なら少年を殺せたのは少女でしかなく、逆に真実ならば、それは奇蹟でしかあり得ない。探偵は奇蹟を証明する為に、あらゆるトリックが成立しない事を立証しようとする――!
とある理由から、“奇蹟がこの世に存在する”事を求める探偵が、不可解な事件がトリックなしに成立しえた――すなわち奇蹟以外のなにものでもない――事を証明する為に、起こりうるあらゆる可能性を考え、そして否定しようとする、少々ひねった構造の作品で、誤解を招きそうな表現を使うと、『逆転裁判』みたいな小説。
装飾過多のきらいがあり――その装飾をどこまで物語として面白くできるのか、というのが小説という一面はありますが――少々やりすぎ(誤魔化しすぎ)に感じたのですが、前作に続いて基本の発想は悪くないので、そこが洗練されてくると小説としてもっと面白くなりそうな気配あり。同じ探偵によるシリーズ2作目が刊行されているそうなので、そちらも読んでみたくあります。
◇『ペガサスと一角獣薬局』(柄刀一
“世界の伝説と奇観”というテーマでヨーロッパを取材旅行中のフリーカメラマン・南美希風(みなみ・みきかぜ)が、行く先々で出会った不思議な事件の謎を鮮やかに解き明かす短編集。
初めて読む作者で、幻想的な雰囲気を出そうとしたり、情緒的な描写が頻出する割には文章があまり巧いとは思えず、最初そこが凄く引っかかったのですが、それを乗り越えるとなかなか面白かったです。
特に2本目の「光る棺の中の白骨」はトンデモ系密室トリックとして印象深い出来。
1本目の「龍の淵」の時点では、海外を舞台にしている事が中途半端なハッタリめいていて、物語との間の障壁のように感じてしまったのですが、4本目の「チェスター街の日」ではその異国情緒とある種あっけらかんとした大仕掛けが巧く噛み合って、英米の古典を読んでいるような興趣になって面白かったです。
表題作で3本目の「ペガサスと一角獣薬局」は、ミステリの仕掛けとしてはさほど面白くなかったのですが、テーマがしっかりとしており、これもなかなか秀逸。
文章がもう一つ好みでないのが難ですが、小説の方向性としては好みに合いそうな雰囲気で、他の作品も読んでみたい。