以外には最近、ふと興味が向いて美術関係の本をつまみ食い中。
◇『鍵の掛かった男』(有栖川有栖)
- 作者: 有栖川有栖
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2015/10/08
- メディア: 単行本
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――ああ、ここにも鍵の掛かった男がいる、と思わずにはいられなかった。
大阪中之島の銀星ホテルに5年に渡りロングステイしていた老人・梨田稔の首吊り死体が、宿泊していたその部屋で発見される。警察は事件性のない自殺と判断するが、故人と交友のあった作家・影浦浪子はそれに納得がいかず、有栖と火村に事件の真相究明を依頼する。ホテルのスイートルームに長期宿泊するだけの財産を持ちながらも日々を慎ましく穏やかに過ごし、職員や宿泊者、ボランティア活動の同僚達とはにこやかに言葉を交わしながらも、誰もその過去を知らず、謎めいた男。果たして男は、どのような人生を過ごした末に銀星ホテルに辿り着き、そこで死を迎えたのか。その死は、孤独をはかなんでの自殺だったのか、それとも何者かによる他殺だったのか……?
臨床犯罪学者・火村英生と作家アリスのコンビが事件に挑む<火村シリーズ>ながら、既に起きた事件の真相を解きほぐすのではなく、一人の男の死に事件性が有るのか無いのかを判断する為に男の来歴を調べる、という変化球でしたが、かなり面白かったです。
入学試験期間で火村が忙しい為、まずは有栖が単独で男の調査を始めるというのも変則で、有栖の地味な聞き込みが続き、また基本的になめらかで読みやすい有栖川有栖にしては珍しく重すぎに感じる中之島の描写もあり、前半ややスロースタートですが、梨田の来歴が少しずつ明かされ始めてからは一気。
<火村シリーズ>は全体的に、現代的な警察小説のエッセンスを取り込んだ上で古典的な探偵小説を成立させよう、という節が見られますが、劇中で揶揄される「有栖川刑事」という言葉のように、今作はある種、刑事アリスの物語と言えるかもしれません。
終盤の伏線の収束は徹底していて、そこまで伏線だった事にしなくても良かったのでは、と思ったぐらいなのですが、これは、あくまでも本格推理小説である、という作者のこだわりか。あれがあれなのは見え見えだけど、その理由があれ、という伏線の置き方は感心しました。
物語も綺麗に決着し、満足の一作。
余談ですが今作、ある人物の来歴を追っていくという展開の必然として年号と時事ネタが多数出てくるのですが、2015年に34歳の火村&有栖は、この時○○歳だった事になるのか! と色々複雑な気持ちに(笑) これは別の作品のあとがきで作者がネタにしていましたが、『サザエさん』時空に対して、素晴らしく割り切られています。あと数年もすると、小学生の頃にポケモン集めていた事になるのだな有栖……。
◇『眼球堂の殺人』(周木律)
- 作者: 周木律
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2013/04/04
- メディア: 新書
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変わり者の探偵役、奇天烈な屋敷、奇矯な主、一癖ある招待客達、不穏な晩餐、そして変死体……本格推理小説における、いわゆる「館」ものの興趣をこれでもかと詰め込んだ、THE・館もの、とでもいうような作品。
天才建築家・驫木が建てた壮大にして奇怪極まる私邸<眼球堂>。“放浪の数学者”と呼ばれ、10年近く世界中で様々な数学者と共同研究を行っている十和田只人は驫木の招待を受け、十和田を取材対象としている駆け出しのルポライター陸奥藍子と共に、<眼球堂>を訪問する。そこで待ち受けていたのは、驫木が集めた各界の才人達、そして建築学こそがあらゆる学問の頂点に立つものだ、と傲然と言い放つ驫木その人であった……。
当然そのような作品は、事件は如何にして起こされたのか、という種明かしこそが面白さの中心となり、トリック次第で評価が大きく変わる事になるのですが、今作はそこに少々変わった構造が持ち込まれています。それは、すれたミステリ読者にはネタ割れ前提で、伏線を如何にさりげなく隠すかというよりも、むしろ堂々と書いた伏線に読者が幾つ気付くか、という書き方になっている事。
様々な約束事を詰め込んだ上で、その約束事を約束事として処理する物語そのものを楽しませよう、という、いわば、ミステリ様式の時代劇。
それ故に、本格趣味のミステリが時に陥るトリックの為のトリックに淫するという要素が冷静に俯瞰で処理され、それそのものをエンタメの枠組みで楽しむという形になっており、一風変わった不思議な読後感でした。
◇『密室の神話』(柄刀一)
- 作者: 柄刀一
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2014/10/29
- メディア: 単行本
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主に5つの主観があり、一つの事件を中心にそれぞれ微妙に違うメロディを奏でているのですが、最終的にそれが集まってどんなシンフォニーになるのかと思ったら、期待したほどピタリと収まらず、企画負け、みたいな印象。……いや実際に、作者がどういう構想で執筆していたのかなどわかりようもないのですが、竜頭蛇尾までは言わないものの、さも重要そうだったフレーズの幾つかが宙ぶらりんのままフィナーレを迎えてしまい、物足りなく感じてしまいました。
冬の北海道……美術学校の別棟で、後頭部を何度も殴打された青年の死体が発見され、現場には連続殺人を示唆するような奇怪なメッセージが。建物そのもの、内部のアトリエ、死体の発見された資料室、その全ての扉に内側から鍵がかけられ、それ以外の出入り口は無し。更に雪の降り積もっていた室内には犯人の足跡が存在せず、現場はいわば四重の密室となっていた。被害者の同級生、たたき上げの刑事、5年前の悲劇を追う男、末期ガンで余命僅かの記者、トリック解明に盛り上がるインターネット……様々な思惑が絡まる中、事件はいったいどんな真相を見せるのか。
その割に、主観キャラそれぞれにやけに重い背景が設定されており、それら背景を読まされるだけで、物語の中で昇華されない、というのが不満。悲惨な境遇、悲劇的な設定、というのは文字の上では幾らでも掛けるわけで――それそのものが読者の目を引くためのミスディレクションという場合もありますが――それが物語に有機的に連動してこそ意味を成すと思うで、スッキリしません。
今作は今作単独で決着してはいるのですが、続編あるいは関連作品を匂わせる要素があるので、もしかしたら2部や3部構成の構想があり、そこで全てぴたっと収まる予定なのかもしれませんが、2017年現在では続編の刊行なし(今作発表は2014年)。作者のシリーズ探偵の名前が劇中に登場するので、もしかしたら柄刀一ユニバース的なものに基づくものだったりするのかもしれませんが、その点はどうも靄が残ってしまいました。