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『轟轟戦隊ボウケンジャー』感想・第7話

◆Task.7「火竜(サラマンダー)のウロコ」◆ (監督:諸田敏 脚本:會川昇
「ブラックくんやイエローちゃんならしょうがないけど、レッドに呼び出し無視されるなんて、ボイスさびしい」
大ファンの作家が久々に発表した新作小説に夢中でコールに気付かず、ミスターボイスの説教を受けるチーフ。立ち上がり4話が嘘のように急速に緩い生き物になっていくチーフですが、パワハラとセクハラで裁判を起こされた末にリストラされないか大変心配です。
社会から落伍したチーフ → ネガティブシンジケート転向 → プレシャスに飲み込まれて破滅
という未来図が、写実的に浮かび上がって困ります。
破滅の未来を回避すべくさくらに取りなされたチーフ以下ボウケンジャーは、ジャリュウ一族におかしな動きがある、という情報を元に出動。そこで目にしたトカゲ兵同士の壮絶な殺し合いと折り重なった死体の山に、チーフが先ほどまで読んでいた小説の一節を思い出していると、竜王陛下が生き残った最後の一匹に力を与え、トカゲ兵士はドラゴン兵士へと脱皮する。その一連の光景もまた、チーフに小説で書かれていた出来事を想起させるのであった。
(小説の通りだ……)
チーフ、あなた疲れているのよ……。
<炎の黙示録>の幕があがってしまいそうな雰囲気が漂う中、勢い余ったチーフは、問題の小説『滅びの龍』の著者――香川慈門(演じるのは『超新星フラッシュマン』のリー・ケフレンが懐かしい清水糸宏治)の元を訪問。
「今度の作品の着想は、どこで得られたのですか?」
「……全ては私の想像力が生み出したものだ。最新号にサインをしてあげるから、持って帰んなさい」
見事なまでの厄介なファンとして、追い返される(笑)
一方、財団支部では新兵器デュアルクラッシャーの実験中。絶大な威力を誇るが単独使用では反動が大きすぎる事から、その衝撃を吸収する為の追加装備アクセルテクターの開発が進められており、その最後の材料となるプレシャス・火竜のウロコが日本支部に届けられようとしていた。
我々の使い方が良い使い方、我々以外の使い方は悪い使い方、とプレシャスの独自利用を隠しもしないサージェス財団ですが、アクセルテクターの材料待ちで待機中の間に、何故か単独でイエローに発射実験させる牧野博士が凄く鬼畜。
人命は金で買えるけど、データは金で買えないので、仕方ありません。
牧野博士はゴーゴードリルの時も、「ブルー限界じゃない?」とか言いつつ、明石に促されると「じゃ、しょうがないかー♪」と回転を上げていましたし、他者を思いやる気持ちが無いわけではないのでしょうが、常人とちょっと目盛りがズレている感。
人命軽視のオーバーキル主義を掲げるサージェス財団の研究開発部には、警視庁電子工学研究所のスタッフがヘッドハンティングされている可能性が高そうに思われますが、どうして今作、こんなに《レスキューポリス》と親和性が高いのか(笑)
大好きな作家のサイン本を手にいそいそと戻ってきた不滅の牙は、火竜のウロコもまた『滅びの龍』に登場する事に気付いて急ぎガードに向かうが、一足遅く竜王陛下とドラゴン兵にプレシャスを奪われてしまう。黒と黄の個人武装を弾き返すドラゴン兵の装甲だったが、『滅びの龍』に書かれていた通りに背中に弱点を持ち、これはもはや偶然の一致の筈が無い、とチーフは真墨をともなって再び香川家を訪問。
「香川さん、教えてください。どうして今、この小説を?」
「……私はずうっと、英雄を書いてきた。どんな厳しい自然とも、困難な状況とも戦う英雄。だが、見渡してみたまえ。……英雄なんか居ない。困難にくじけて立ち上がれない、自分が幸せなら周りはどうでもいい。そんな人間ばかりだ。私は気付いたんだよ。人は古代から、強大なドラゴンの存在を想像してきた。人類は、憧れているんだ。全てを破壊してくれるドラゴンに。だから私は書く。冒険もない、英雄も居ない時代など、滅ぼしてしまえと」
「違います! 香川さんそれは」
チーフが反駁しようと立ち上がった時、書斎で窓の割れる音が響き、急ぎ向かった香川は、 ボウケンジャーの別働隊が家捜しを じゃなかった、今回はチーフの敬愛する作家相手という事でそんな事はなく、こそ泥をしていたのは竜王陛下。
「何者だおまえは? 私の妄想が形になったのか……!」
竜王は近づく香川を叩き伏せると古ぼけた手記を奪い去り、真墨がそれを追いかけている間に、香川の介抱をしながら手記の出所を聞き出すチーフ。それはヨーロッパの古書店で入手した、100年前にドラゴンを生み出そうとした男の手記であり、チーフの推測通り『滅びの龍』の種本であった。
「これが本当だとすれば、街が一つ、消える……」
香川から、手記をベースにした来月号掲載予定の原稿を見せられたチーフは、(か、香川先生の生原稿ぉぉぉぉぉぉぉ?! お、お落ち着け、落ち着くんだ明石暁、ボウケンスピリットがレッドゾーンを振り切って鼻から噴き出しそうだが、耐えろ、耐えるんだ不滅の牙……!)と内心の大興奮を隠しながら、竜王が莫大な熱量を最後の起爆剤として、ドラゴン兵を巨大なドラゴンに脱皮させようとしている事を推定。
正体不明の高熱源を探り当てると竜王陛下とみたび一騎打ちを演じ、陛下が引き下がるとダイボウケンを召喚。更にビークルナンバー8、ゴーゴーミキサーを武装しての冒険コンクリートで爆発を封じ込める事に成功。また、レッドが陛下と一騎打ちしている間にドラゴン兵の元へ向かっていた4人が、火竜のウロコをワイヤーで回収していた事で、巨大ドラゴンへの超進化も阻止するのであった。
戻ってきた竜王陛下と、超進化に失敗したドラゴン兵、そして「私が望んだから…………世界は、滅びる……」と、自分のねじれた望みの顛末を見届けに来た香川の前で、チーフの漲るボウケンスピリットが鼻から噴き出したボウケンジャーは、初の爆発揃い踏み。
香川の強い思い込みは、作家としての強烈な自負の暴走とも取れるのですが、一方で「誰かの望みが世界を滅ぼす」可能性があるのと同様に、「誰かの望みが世界を守る」可能性を持っているというのが、ヒーロー物の根幹を突いている見方でもあるように思えます。
「決着をつけてやる!」
生原稿パワーで脳内ボウケン麻薬出まくりの赤はドラゴン兵の火球をものともせずに前進すると、挿入歌をバックに怒濤の連続攻撃。
冒険者……!」
香川に向けて頷く不滅の牙は、ガンギマリのボウケンスピリット最高潮でこの世界からヒーローが失われていない事を証明すると、現場で火竜のウロコを填め込んだアクセルテクターを装着。第7話にして胸部と肩部に装甲の増加した強化モードになると、ギガストリーマー、じゃなかったデュアルクラッシャーを召喚し、コンクリートで固めた敵をドリルで貫き砕くという、なんか酷い必殺武器でドラゴンを撃破するのであった。
怒濤の追加ギミック攻勢の続く『ボウケンジャー』ですが、新兵器がドリルとミキサーという機構でビークルと連動し、なおかつ5人のフォーメーション武器、という扱いにする事で物語の流れの中での意味づけも与えているのが巧い構成。脚本、監督、プロデューサー、誰がどこまで差配したのかはわかりませんが、フル名乗りから初の爆発揃い踏みをここに合わせるという演出も絶妙に噛み合いました。
……難を言うと、そこに意味づけを作りすぎて背後の爆発がややメタに見えてしまう、という問題も生じましたが、憧れの先生の前でテンション上がりすぎた不滅の牙が仕込んだ火薬だと思えば劇中設定で納得できない事もない事もありません多分きっと。
今回もプレシャスをまともに使いそこねた竜王陛下は引き下がり、改めて香川と語らいの場を持つチーフ。
「あの化け物達を生み出したのは私ではなかった。やはり小説など、現実には何も、生み出さないんだな」
「香川さん。人類はドラゴンを想像する時、ドラゴンを倒す英雄もまた、想像してきました」
「ああ……」
「あなたの小説で、英雄を目指した子供がたくさん生まれた。その子供達は、確かに現実です」
「英雄……或いは……冒険者か」
香川は穏やかな笑みを浮かべ、チーフは夢の入り口となった作家へ恩を返せた事を喜ぶのであった……。
自分が生み出してきたものに疲れ、現実に倦んでしまった作家が読者に救われる物語というのは、メタ的にはやや作り手の願望が目についてしまうのですが、そこに、そんな自分たちを育ててくれた、更に前の世代の作り手達への想いという要素も重ね、“願望と感謝の二重構造”になっているのが、巧い作り。
2015−2016年には、原作・シリーズ構成を務めたアニメ『コンクリート・レボルティオ』において、昭和のヒーロー達への愛と感謝をテーゼの絨毯爆撃とでもいうべき濃密な脚本で描いた會川昇ですが、荒川さんの煩悩とはまた違った方向性で、よくもまあ、一桁台にここまで好きを押し通した内容をぶち込んできたな、という実に會川さんらしいエピソード(^^;
こういったメタなテーゼの持ち込み方は、好き嫌いが大きく分かれる所でありましょうが、ケフレン専務の下駄も含めて、楽しめた範囲。
メタ面でいうと一つ上手かったのは、香川を元ヒーローではなく、元悪の幹部でキャスティングした事。メタメッセージがあまりに露骨になるのを回避した上で、悪もまた英雄を生む“物語”を織りなす不可欠な存在であり、ドラゴンを倒す英雄と共にあるのはすなわちドラゴンである、というのがもう一つのメッセージを内包し、英雄詩を彩る悪への、メタ的な賛歌としても成立しました。
キャスティングはプロデューサーの権限でしょうが、非常に見事に、脚本の内容を汲んだバランス感覚だったと思います。
余談ですが、そういえば爾朗センパイ(『コンクリート・レボルティオ』)は、メタファー的にはゴジラで怪獣でしたが、映像表現としてはドラゴンであったな、と思ってみたり。
「結局、あの手記はなんだったんだ?」
帰路、竜王陛下が奪い去った100年前の手記について考える5人。
リュウオーンがあの手記に従ったのか、それとも――」
「あ! 書いた人が、リュウオーンだったりして」
菜月の思いつきに可能性を感じて顔を強張らせる面々だが、真墨が笑い飛ばして冗談にしてしまい、話はそこでお流れ。そして陛下は、一人寂しく手記を焚き火で焼却していた……でつづく。
手で握りしめると自然と発火するとかじゃないんだ!とか、普通に焚き火起こして野宿しているんだろーかとか気になって仕方がない、竜王陛下の次回の作戦にご期待ください。
ローテ制で必然的に登場回数が限定される中、悪玉サイドの愛嬌、気になる要素の付け方は、非常に巧い作品だと思います。