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冬の読書

◇『賛美せよ、と成功は言った』 (石持浅海


戦慄の名推理。
美しき“モンスター”
6年ぶりの降臨!

……帯が凄い(笑)
傑作『扉は閉ざされたまま』の碓氷優佳が探偵役を務めるシリーズ5作目。
優佳の高校時代を描いた『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』で語り手を務めた上杉(武田)小春が、同窓生の結婚式で優佳と再会。二人は予備校時代の仲良しグループが開く祝賀会に参加する事になるが、そこで和やかな席が一転、恩師の真鍋が列席者の一人にワインボトルで殴られ、死亡してしまう。それはただの衝動的な事件だったのか、それとも――。
大ファンの碓氷優佳ものの新作という事で楽しみにしていたのですが、率直に言って、形式が失敗。著者によると、優佳と対決する事になる人物の視点ではなく、その対決を見つめる第三者視点で描く、というのが今作の着想だったそうですが、これにより、碓氷優佳シリーズが持つ、ホラー的魅力が著しく損なわれてしまいました。
このシリーズの大きな面白さは、一般的な本格ミステリにおける、犯人が探偵役に追い詰められていく様子を、犯人側の心理で描く事にあり、“得体の知れない犯人を追い詰めていく”興奮ではなく、“得体の知れない探偵に追い詰められていく”恐怖こそが魅力なのですが、第三者視点にする事で、その恐怖感が無くなってしまう事に。
また、話の都合もあるのでしょうが、いっけん凡人ポジションである語り手の小春が(設定的にも物語的にも)実はかなり優秀な頭脳の持ち主であり、合間合間に、優佳はきっとこう考えているに違いない、と事の筋道を解説してしまう為に、“秘密を知る犯人”と“その心理をトレースしていく優佳”という構図に水を差し、犯人しか知り得ない秘密を解き明かしていく探偵、という本格ミステリのコアにある面白さも削ぐ事になってしまいました。
恐らく作者の中では、小春は本人の自覚以上に頭が切れる人物、という位置づけなのかとは思うのですが、かといってワトソン的人物の持つ愛嬌が描かれているわけではないので、そこも減点。
前作キャラクターの再登場によるファンサービスの結果、構造的にデメリットの多い中途半端な語り手を選んでしまった、という印象。実はシリーズとしては、一つ前の作品のキャラクターを一人、次作に登場させる事で連続性を持たせる、という仕掛けは以前から行われており、第3作の『彼女が追ってくる』ではそこに恐怖のポイントが一つあったのですが、今作ではシリーズの魅力に繋がらなかったのは残念です。
……まあ、ラスト1ページのアレで、碓氷優佳ファンブックとしては満足でしたが(結局それか)。


◇『世界を売った男』 (陳浩基)
世界を売った男

世界を売った男

2003年、香港――西区のビルで発生した凄惨な殺人事件を追っていた刑事・許友一は、ある日マイカーの中で目を覚ます。どうやら酔いつぶれてしまったらしい、と慌てて職場に向かうが目に入る町並みにはどこか違和感があり、署に辿り着くと今は2009年で、自分が追っていた筈の事件は既に解決しているという。自分は、6年間の記憶を失ってしまったのか? 事件の結末に不審を覚えた許は、己の記憶と事件の真相を求めて、再調査を始めるのだが……中国語で書かれた未発表の本格ミステリー長編を対象とした、島田荘司推理小説賞の第二回受賞作品。
「自分の捜査していた事件が既に解決していた」という不可解状況がまず冴えた導入。道中、「解決している筈の物事が記憶を失った本人にだけ謎」というのが少々ミステリとして弱くなりかける部分もありましたが、香港市内を駆け巡るテンポの良い展開でそれをカバー。錯綜するプロットがしっかりとラストに集約され、面白かったです。
また、全体を通して“救済の物語”になっている、という構造も好みでした。当たり。