はてなダイアリーのサービス終了にともなう、旧「ものかきの繰り言」の記事保管用ブログ。また、旧ダイアリー記事にアクセスされた場合、こちらにリダイレクトされています。旧ダイアリーからインポートしたそのままの状態の為、過去記事は読みやすいように徐々に手直し予定。
 現在活動中のブログはこちら→ 〔ものかきの繰り言2019〕
 特撮作品の感想は、順次こちらにHTML形式でまとめています→ 〔特撮感想まとめ部屋〕 (※移転しました)

栄光の7人マスター

◆輝剣さん
 >その意味では確かに「かわいい」気がしますよ、ギンガットミニ。
一昔前に流行った表現でいうと、「きもかわいい」……?
 >普通なら、ギンガマンが駆け付けた時にはギンガットごと石を奪われて「ミーちゃんが…」とか泣きながら話す場面になるでしょうに
やはりこの世界の地球人は、アグレッシブ(笑) ギンガの民以外にも、バルバン襲撃を語り伝えて殺意を高めていた歴史があったのかもですね……。
 >こういう高所大局からみると間違っているけど、情として正しい選択をしてくれるとホッとします。
大を取るか小を取るか、の選択にどう説得力を持たせるかは腕の見せ所ですが、サヤの優しさと繋げてキャラクターの掘り下げにしていたのが良かったですね。
 >……この話以降樽爺はしばらく意見採用されなくなりますが、船長やシェリンダもこう考えたのでしょうか?
樽先生の、信頼度が……!
 >このシーンで思ったのが、「あ、さすがにマスク越しに笛は吹けないんだ」でした。いや、戦隊ヒーローならマスク越しに吹けそうなきがして
まあそこは、イケメンアピール回ですから!(笑)
 >ここから因縁がスタート。ギンガマンは使命感が高い戦隊だからか敵味方の個人的な因縁というのが少なかったですね。
幹部(行動隊長)ローテ制なのも因縁の組みにくい所だったのでしょうが、その点でシェリンダの立ち位置が非常に上手く機能しましたね。今回、剣士らしい性格がプラスされたのも良かったですし。
 >顔出し女幹部とレッドの絡みは昭和は「ライブマン」「マスクマン」「ジェットマン」と有りましたが、平成は「カーレン」ぐらいですかね?
そういえば最近はあまりありませんね……。恋愛要素の有無は別として、割と明確にヒロインポジションが存在する<ライダー>との差別化もあるのかもですが、後はメロドラマの時代性、というのもあるのかもですね。
 >いいところまでいっての失敗は大きかったらしくサンバッシュも追い詰められていきます。
そんなに出演が多いわけではないのですが、リアクションできちっと状況変化を描いていっているのは良いですね。
 >あと、私も書き間違えていましたが「 サ 」ンバッシュですよ。
おお、ありがとうございます。完全に、「ザ」とばかり(^^;
◆やずみさん
 >MIQさんの曲に乗せたスーパーゲキレンジャーお披露目はいい場面だったんですけど、それ以外がことごとく……。
今作、アクション的には非常に充実しているので、そこに至る積み重ねの崩壊がホント勿体ないですよね……。
 >決闘の立会いにも救助活動にも行かず、それについて苦しんでいるようにもあまり見えない。この描写に不快感を持つ人は結構多かったみたいですね……
前作の逆を突いて力強く「正義」を掲げていたというのも、ダメージ増しましたよね(^^; ビーストアーツの掲げる「正義」自体が危うくなる事で、骨格から揺らいでしまうという……。
 >「修行するまでもなく大切なものは持っている」というのは1話から一貫したポイントではありますが、そのせいで修行の価値が薄れるというのもままならないものですね……
序盤の内に、「なんの為に修行をするのか」というテーゼを明確に掲げておいた方が良かったかもですね……あくまでアトラクション的な扱い方で「修行」そのものについて掘り下げていない所がどうもあるので。
 >私としては19話の次の話が今回でも問題なかったんじゃないかな、と思ったり。
敗北直後に過激気に目覚めたあと、トライアングルからそれを制御する方法を学ぶ、とかの方がスッキリしたかもですねー。スーパーゲキクローも、マスター達の経験をベースにした制御アイテム的な位置づけに出来ますし。
 >「早めにゲキファイヤーを出さなければならない」「そのために3人とも早めに覚醒させなければならない」という事情があったのでしょうが、それにしてもこれはない。
一番ひとまとめにしてはいけない所で、まとめてしまいましたよね……本来、人数を絞っているから個々の心境の掘り下げもしやすい筈なのに、それが全く効果的になりませんでしたし。
◆五月サツキさん
 >せめて、何もできない自分たちを責めたりするシーンがあればよかったと思わずにはいられません。
そういう、ワンポイント入れればだいぶ違うところ、への丁寧さが今作はどうも足りないですよねー。
 >臨獣殿のことといい、自分たちがなんとかできなかったことの尻拭いを後輩にさせているような感じがします。
極端な話、前作みたいにそこを露悪的にやってしまう方向もあったとは思うのですが、そうしたいようには思えないのにそう見えてしまう、というのが困ったところですよね。
 >ジャンの成長はまあよかったのですが、仲間と共に高みを目指したいとか、己の思う強さを極めたいとか、知らない世界を見てみたいとか、+αが欲しかったですね。
社会に出て20話分、ジャンが新しく得たものがなんなのか、というのが見えてこないのは残念でしたね。こういう時こそ、なつめの存在などを活かしてくれると良かったのですが。
 >例えばレツは技に美しさを見出だしているのだから、その技で誰かを笑顔にしたい、その笑顔を守りたいとか。
 >ランなら、誰かを守る優しさ、ひいては強さ、心の強さを得たいとか。こじつけや被りもあっていいのであればよかったのですが。
これまでトライアングル3人、それぞれの長所と個性がある、というのを描いてきたのに、他二人の個性はどうでもいい、という感じで吹き飛ばされてしまったのは本当に残念でした。
 >拳聖トライアングルは、過激気習得後に、更に使いこなすための指導者として登場、とすればよかった気も……。
クラッチ製の新装備持っていてもそこまで違和感ないですし、その方がスッキリした感はありますよね。過激気の設定を盛りすぎたのが全体的に歪めてしまった感じで。
◆インザファイトさん
 >個人的には「イデオン」「ブレンパワード」など気になる作品はあるのですが、富野作品を見るに当たって必要な心構えとは一体どういう物なのでしょうね...
富野監督自身は非常にエンタメ志向の強い方なんですけど、出来上がるものはかなり癖が強いんですよね……(^^; 私は富野作品の間合いが凄く好きなのですが、まずあのスピード感が合わないと、見づらいのかもしれません……。
◆aaさん
 >戦えないことに申し訳なさや歯がゆさを感じている描写がないので「パシリの使い勝手が上がった」くらいの感覚なの?と思ってしまいますね
今作、その辺りの皮膚感覚というか、視聴者がそれを見てどう思うのか、という感度がビックリするほど鈍い時がありますよね……。
◆タイキさん
 >サージェスレスキューを作ることで救助活動も出来るようにするなど事業拡大も行っていて、直接口で言わないけどそれなりに正義の味方っぽい部分がありましたものね。
連続で見て比較すると、正義を掲げない事で「正義の味方ってなんだ?」を表現しようとしていた『ボウケンジャー』と、正義を掲げる事で「正義の味方とはこうだ!」を示そうとした今作のスタイルが、凄く悪い形で衝突してしまいましたね(^^;
 >これなら知恵の樹・モークみたいに木という受動的な存在であるが故に動けないという設定の方がまだ納得できます。
それぞれ獣人になっていたり、なにか重い事情があるのだろうな……とまでは思えるのですが、背景設定の存在が作り手の中で完結してしまっていて、受け手に納得できる形で見せられていないんですよね……。
 >何より「激気とは何か?」を文芸の面から初期の段階で定義出来ていない
そこを裏付けていくのが第1話でジャンが見せた、根源的な正義の想い、という事なのかな……と思っていたら、激気の第一人者である筈のマスター達が正義を損ねた為に、迷子度が跳ね上がってしまいましたね(^^;
 >ジャンの正義に習えでは結局「マジレンジャー」の小津魁に倣えと同じ「主人公の正当化=物語の正当化」という陥ってはいけない側面に陥ってしまったことになりますよね。
今回はホント『マジ』終盤に顕著だった、魁こそ理想、というのと同じパターンをやってしまいましたよね。もはや塚田Pの嗜好、というしかないのかもしれませんが。
 >どんな荒唐無稽な設定の作品でも最終的には「一貫性と積み重ね」がものを言うのだなと思わされますね。
そういう点では、理屈はないけど行動できるジャンに、理屈を持たせるのがチェックポイントとして正しかったのか……という事でもあるのでしょうね。そこのズレが、ジャンの成長における一貫性を失わせてしまった面はあったのかなと。
◆あきさん
 >正義のヒーロー陣営としてはアウトなんですが、「みんなを守りたい」とジャンが願うだけで習得できた過激気を、
 >長い長い歴史の中で理央と同様に、拳聖達も誰一人習得できなかった理由としては説得力のある描写だったかもしれませんね。
あああ、そう見てしまうと、確かに筋が通りますね(^^; いっそそういう、獣の姿に縛られている事で常人とは全く違う精神性の存在になってしまった……という見せ方ならまた納得もできたのですが。
 >ではなぜこのような思いを実践している彼らが習得できず、現時点では願うだけのジャンが習得できたのかと
その為どうしても、ホントはみんな過激気使えるんですよね、としか思えなくて(^^;
 >この制作陣、わりとこの上げ下げに気を使いませんね。
その時主体となっているキャラの事は考えるんですけど、それに対するリアクションが周囲にどんな印象を与えるのか、という事にやけに無頓着ですよね(^^; それで今回は、マスタートライアングルがまとめて爆撃されるという。
 >それとも案外制作側も本気で「正義を標榜してるけど実は臨獣拳と大差ない胡散臭い連中」と位置付けていたりして……と穿った見方をしてしまいます(汗)。
それは、それで、面白そうではありますが(笑) それこそ、ゾウ・コウモリ・サメは、拳士として隠遁生活をしているので俗世に対する興味が薄い、とか言い訳も効いたのですが、拳聖トライアングルは社会とコミットしているというのも、相性悪くなってしまったなぁと。
 >どういう狙いで、それが当たったのか外れたのかはわかりませんが、所詮は弟子に追い抜かれやすい踏み台としての描写しかしてもらえなかったのかなあと。
「弟子を導く良い先生」と「拳の道にしか興味の無い人格破綻者」って共存できると思うのですが、今作そういうキャラ作りを真剣にやらずに、各マスターが展開の都合に合わせて人格を使い分けるキャラになってしまっているのが残念で……7人の拳聖、というのがやはり多すぎたのかなぁ……と。