◆第34話「離れ離れのベストマッチ」◆ (監督:柴崎貴行 脚本:武藤将吾)
火星から地球に来て約10年、雨の日もありました、風の日もありました。おいしいコーヒーを淹れたいと頑張りました。パスタも本場からインターネットで学びました。年頃の一人娘を暖かく見守りながら、育ててきた居候の青年達も、感謝の眼差しで見つめてくれています。多くの苦難を乗り越え、数々の玩具を壊しては捨て、壊しては捨て、やっと来た今日この日……それでは皆様お聞き下さい、ずっと暖めていたこの言葉――
「これでも今の俺の力は、2%に過ぎない」
パンドラボックスの真の力を手に入れる、と宣言した仮面ライダーエボルに倉庫から飛び出した戦兎達は戦いを挑み、なんとかの一つ覚えとなっていたハザードと違って、ラビラビとタンタンの発動時に見せ方が色々と工夫されているのは、ここ最近の『ビルド』の良いところ。
戦兎に懐かしの猛毒を食らわせたエボルは余裕綽々で去って行き、戦兎の命を救いたければパンドラボックスと残りのボトルを渡せ、と取引の材料にされる戦兎の、ここ数話のポジションは完全にヒロイン。
取引を飲んだ万丈にボックスの隠し場所に案内されたマスターは、今や遠い昔となった「今夜は焼き肉殺人事件」の裏に隠されたもう一つの真実を、万丈に語る……。
「あれの真相知らねぇだろ?」
桐生戦兎=葛城巧であり、スタークが佐藤太郎を殺害して二人を入れ替えたのも事実、と改めてマスターの口から語られるのですが、ここ2話ほど戦兎が葛城忍について「俺の父親」とごく自然に繰り返しているのを含めて、変更の可能性もあった戦兎=葛城巧が劇中事実として確定したような雰囲気。
……まあ、この上で更にひっくり返してくる可能性もありますが、この確定をここまで長引かせてしまったのは、今作中盤の大きな失敗の一つだったのではないか、と思うところ。
基本的に戦争編は、戦兎の「自分は葛城巧だと思っている事による戦争への罪の意識」を基盤にしていたのですが、そもそも戦兎は本当に葛城巧なのか?という問題がその煩悶をどう捉えるかに際して大きなノイズになってしまい、戦争編を通してあまりに基盤が不安定だった事が結果として、戦兎が過去の自分(葛城巧)を乗り越えていく、というテーゼが弱くなる要因だったと思います。
戦争をやりたいなら戦兎のアイデンティティ問題は明確に解決しておくべきだったし、戦兎のアイデンティティの揺らぎを残すなら別の形のアプローチが必要であったろうし、一つの物語の中で、あれもこれもやろうとしすぎた感。
「俺が葛城巧の記憶を消したのは、ファウストを辞めようとしたからじゃない。俺たち二人の正体に気付いたからだ」
あの日、スタークが葛城巧の部屋に居たのは、火星生命体であるスターク――そしてその一部から生み出された万丈龍我を殺そうと、葛城自身が呼び出した為であった。
「もともとおまえは俺の一部だった。つまり、俺とおまえの遺伝子が合わさった状態それがっ――本当のエボルトってわけだ」
だが、ビルドドライバーにより変身しようとした葛城は、スタークに先に手を打たれて失敗。スタークは葛城の隠したエボルドライバーを手に入れる為に佐藤太郎との入れ替えを行うと、もともと葛城が殺すつもりで呼んでいた万丈を、殺人事件の犯人に仕立て上げたのだった……。
葛城が急に良心に目覚めてファウストから足抜けしようとしていた、というのは激しく違和感があったので、自分の趣味は趣味として、エボルトに荷担する気はなかった、というのは納得のいく接続。そして、趣味が高じて自らネビュラガスを浴びて仮面ライダーになれる体を手に入れていたというのは、葛城巧への好感度が上がりました(笑)
「ハザードレベル4.7か。おまえの力はこんなもんじゃない。そうだろぉ? あいぼぉ!」
「うるせぇ! 俺の相棒は、桐生戦兎ただ、ひとりだ!」
フルボトルを手にした猿渡、紗羽、意識不明の戦兎が救急車で到着し、クローズとグリスのダブルライダーキックを喰らってみたりしちゃったりなんかしたエボル、まずは堅実に、弱い方を集中攻撃で撃破(笑)
激闘の中、「何千何万の命を奪ってきた、俺の一部だぁ!」とエボルは万丈を揺さぶり、急展開の中で、アイデンティティの崩壊とその罪を突きつけられる、というかつての戦兎と同じ問題に万丈が直面する、という構造は面白いのですが、ここまで話の軸が戦兎&万丈中心になると、路上に転がっている猿渡一海29歳の存在が涙なしには見られません。
「最悪だ……おまえのせいで、俺は愚かな人間から抜け出せねぇみてぇだ。――ありがとな」
そして……かつての戦兎が葛城巧でも佐藤太郎でもなく“桐生戦兎になった”ように、エボルトの一部ではなく、“万丈龍我である事を選んだ”万丈は立ち上がり、再変身。
本来はもう少し、エボルトの一部に戻る事を受け入れる、という選択肢にも誘惑が無いと葛藤が発生しないのですが、“人間でない”事にショックを受けた万丈が“人間であろうとする”事でカバーは出来た範囲で、結果として自分を“人間にしてくれた”戦兎の為に万丈が戦う、というシチュエーションも好みのテーゼで格好いいのですが(ただこれ、まんまマスターと戦兎の関係になっているのが、狙っているのか事故なのか……)、万丈がここに至る過程の中でやはり別に戦争は必要なかったのでは……となってしまうのが、大変困ったところ。
「過去の葛城巧の罪」は、別に開戦のきっかけ以外のものでも成立しますし、八方破れになった大風呂敷が、まるまるエアポケットになってしまった感はどうしても募ります。
「ふはははは! それでこそ、俺の一部だぁ!」
暗闇の中で全身から火花を噴き上げるクローズマグマは大変格好良く、それに対抗して炎の剣を振るうエボルも鮮烈。
「ハザードレベル4.9! いいぞぉ、もうすぐだぁ!」
なおこの間ずっと、戦兎は背後の救急車の中で猛毒に苦しんでおり、落ち着いて考えると延々とこの熱演している役者さんは凄いのですが、ここ数話、ヒーロー:万丈、ヒロイン:戦兎、という構造で妙に安定した展開になっているのは何故なのか(笑)
「力が漲る……魂が燃える……俺のマグマが、迸る!!」
ヒロインが危篤に陥る中、放たれる渾身の、爆熱ドラゴンフィンガー!
「ハザードレベル、5.0ぉぉぉー!!」
「もう、誰にも止められねぇ!!」
「今だ!」
歓喜の絶叫をあげるエボルは、裂帛の気合いと共に繰り出されたクローズの攻撃にクロスカウンターを仕掛け、巻き起こる大爆発――の跡に立っていたのは、髪がちりちりになった万丈龍我。
「敵に塩を送るなんて、優しいだろ?」
金子哲夫ボイスで喋るちりちり龍我は指の一振りで戦兎の毒を消し去ると、ドラゴンとライダーシステムで、シンプルなデザインのエボルドラゴンへと変身する!
「フェイズ2、完了――」
もともと1クール目から、身近に潜んでいた悪役がぺらぺらネタばらしを交えながら謀略を進めていく、という4クール目みたいな作劇をしていたのが今作の特徴でしたが、最強の敵の覚醒・相棒の驚くべき正体・相棒のラスボス化、とラスト数話みたいな展開。端々に不満はあるものの、ここから1クールあまりをどう保たせて転がすのか、というのは単純に興味のわくところです。
◆第35話「破滅のタワー」◆ (監督:柴崎貴行 脚本:武藤将吾)
見所は、エボルに殴られてパチンコ玉のように吹っ飛んでいくグリスとローグ。
「もともと俺と万丈は、2人で1人の生命体だったんだ」
23年前――火星探査機に付着して地球に辿り着いたエボルトの細胞は、万丈母に憑依しようとして胎内の赤ん坊に憑依してしまい、地球人の赤ん坊と同化した事でエボルトとしての記憶と能力を失ってしまう。
10年前――火星に着陸した宇宙飛行士・石動惣一に憑依する事に成功したエボルトは地球に降り立ち、パンドラボックスを開放しようとするも失敗。葛城忍と接触したエボルトは、失った自分の一部を取り戻し、地球を滅ぼすという目的達成の為に、密やかに、そしてねっとりと、破滅への石段を積み上げ続けていたのだった。
「万丈に、様々な試練を与えたのは、全て、ハザードレベルを、上げる為にやった事だ。そして遂に、俺と融合できる5.0に達した。これで納得できたか?」
万丈という器と融合する事で完全な状態を取り戻したエボルトは、戦兎にはまだ別の役目があると告げ、パンドラボックスとフルボトルを手に退場。
万丈が火星生命体、に続き、スタークが真に固執していたのは戦兎ではなく万丈だった、というひねりが入ったところで、無用のヒロイン化していた戦兎にもまだ役割がある、という言及が入ったのは良かったです。
最後のボトルを持ち逃げしていたヒゲ@住所不定無職と連絡を取る戦兎だが、エボル万丈が喫茶店に現れて3ライダーをまとめてパンドラタワー中心部の空き地に招待して、ボックス開放を賭けたバトルがスタート。
グリスとローグは次々と場外ホームランされ、残ったビルドは鷲掴みにしたフルボトルでハザード海賊烈車を発動。エボルは面白半分にガトリングを発動し、唐突に互いにボトルを用いた販促タイムが始まるのですが、ハザード状態を「今のお前なら長時間使いこなせる」理由が全くわかりません(笑)
「前にも言った筈だ。科学の行き着く先は、破滅だと! 科学が発展して便利になるほど、人は考える事を放棄していく。やがて……何もわからないまま、争いに身を投じる。……それが科学のもたらす――未来だぁ!!」
「人間はそんな、単純じゃない! たとえ、過ちを犯しても、二度と繰り返さない為に何をすべきか。それを体系化して、研究するのが科学の役割だ!」
桐生戦兎、捨て身のギャグ
科学を破滅を呼び込むものとするエボルト(スターク)と、科学に希望の未来を見る戦兎の対比は第10話から仕込まれており、台詞としては「科学は正しい事に使えば」から「それを体系化して、研究するのが科学の役割だ」と具体性を増しているのですが、ではこの2クールの間に戦兎が「体系化して研究」する姿が物語の中に落とし込まれていたのかというと、ほぼ記憶に無いために言葉の裏付けが皆無で、こんなに明確なテーマ性を掲げておきながら、いったいぜんたい約2クールの間、今作は何をしていたのだろう、と『ビルド』のノービルドぶりがパンドラタワー。
「ライダーシステムは、多くの血が流れる事を想定して作られた、軍事兵器だ。科学者の理念? そんなものは、エゴにすぎない。おまえだってわかってる筈だ。科学の行き着く先は、破滅だという事を。科学は進歩すれば、それだけ人間は退化し、環境は破壊され、世界は滅びる!!」
「そんな事ない! 科学は正しい事に使えば、必ず人を幸せにできる!!」
「俺は人間を信じてる!!」
説得力虚無のままエボルを押し込むビルドだが、助けを求める万丈の声音に騙され、ずんばらりん。遂にエボルは全てのボトルを入手し、その様子に慌てふためく難波会長。
「パンドラボックスを開けるつもりだ! 奴を止めろ!」
……今作の、スタークを除くあらゆるフィクサー的存在が小物になっていくという作劇は、風刺というより出来の悪い喜劇でしかないのですが、この期に及んでエボルを御せると思っていた難波会長の扱いも悲惨すぎます。もはや老耄しているなら老耄を描けばいいですし、警戒を出し抜かれるならそれをしっかり描けばいいのに、その時その時の楽な形でキャラを消費してしまうのが、とにかく今作の悪い癖。
これは色々な応用が利く話だと思っているのですが、アニメ監督・荒木哲郎が『Gのレコンギスタ』第10話に絵コンテで参加した際に富野監督から受けたダメ出しというのがありまして、
これで言うと、スタークにとって邪魔な木になりうる難波会長を、面倒くさいから雑草に変えてしまっているのが『ビルド』。そこからは会長は当然、スタークの厚みも失われてしまうわけです。
――例えば富野さんのどういった部分を吸収できたと感じますか?
荒木:大きく言うと色々あるんですが、わかりやすい例だと、自分が出したコンテに対して富野さんから、「芝居に便利なように場所を平らにするな」とダメ出しをいただいたんです。具体的にはメカ戦のシーンで、「お前、木を生やすとそれを避けなくちゃいけなくてめんどくさいから場所を平らにしたろ」と(笑)。
言われてみるとそうかもしれない……と思いましたね。木を生やして、せまい不自由な場面で動きまわることの中に、キャラクター性を表現できたりするんだからそうしろと言われて、コンテを直しました。確かに富野さんのおっしゃるとおりで、俺は割と演出が便利なように舞台を設定していたんだな……と反省しました。
■〔進撃、Gレコを経た今、「自分の理想のアニメを作る」/animatetimes〕
まあそんなわけで、箱が開いてパンドラタワー完成?!