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『星獣戦隊ギンガマン』感想・第31−32話

◆第三十一章「呪いの石」◆ (監督:小中肇 脚本:小林靖子
「今日からダイタニクス復活が1日遅れるごとに、褒美の金貨も1枚ずつ減らす。ただ働きにならねぇようにしな」
船長、割と細かい単位設定(笑)
「すぐに復活させますわ! ええ、今日にでも」
ストイックに自らの任務を果たそうとしていたブドーとの差別化もあり、すっかり俗っぽい守銭奴路線となったイリエスは、初参加の小中監督の演出によりそこはかとなくコミカルな色もついてきて、これが、樽爺の血統か……!
その頃、ハヤテと勇太は買い出しで街を歩いており、リョウマだけではなくハヤテからも戦士の心得を学ぼうとする勇太。
「戦士か……そうだな……まず学校できちんと勉強して、先生の言う事を聞いて、元気に遊ぶ」
コメントでいただいた輝剣さんの見立てに成る程と思ったのですが、ハヤテはすっかり、ヒュウガ復活の余波により、責任感の強い皆のお兄さんから、口うるさい第二の母(第一の母は包容力の塊であるゴウキ)へとポジションがスライド(笑) 生真面目に少しズレている、という要素も含みつつ、勇太君には不評ながら、その歳でないと出来ない事の大切さを説いているのは、地味に良いところ。
「ハヤテって、慌てないよね。冷静っていうか(……そうだ、ハヤテから教わるとしたら、戦士の冷静さかも。うん、挑戦してみる価値はあるよ、絶対)」
暴走トラックから赤ん坊を救いながら平然と買い出しに戻るハヤテの姿に、常在戦場の心意気もとい沈着冷静な平常心の強さを見た勇太少年は、女性関係に残念なマッチョとか、スネ出しの猿顔よりも、やっぱり婚約者の居る二枚目だよね! とハヤテのイケメンムーヴを真似してみるが、どうにも空回り。
「真似してみればなんとなく掴めると思ったんだけど」
「駄目駄目。ハヤテのあれは性格なんだよ、性格。真似できるようなもんじゃないって」
ヒカル、ハヤテみたいのが増えると大変面倒くさいと思っているのか、必要以上に否定的(笑)
ギンガマンそれぞれに憧れとして接する勇太少年の微笑ましい一幕だが、占い師に扮して333人分の身代わり手形を集めていた魔神ガーラガーラが儀式を始めた事で、事態は急変。ダイタニクスにかけられた封印を、333人の体に分散して転化するという恐るべき呪術により、買い出しの際にそうとは知らず占いに立ち寄っていたハヤテと勇太の右手が石化してしまう!
これまで、基本的に儀式の準備中あるいは発動間もなくギンガマンに妨害されてしまう為、実際に効果があるか怪しげだったイリエス魔人族の儀式魔術ですが、苦労して333人を占いしただけあって、本当に効果が!!
この後で見せる戦闘力も含めて、ガーラガーラ(インド系の神話風デザイン)は、ここまで屈指の強力魔人。
自分と勇太が石化した事から占いの館を訪れるハヤテだが、既にそこはもぬけの殻。モークセンサーが町外れの石切場から妙な風の流れを感知し、右手に続いて左足も石化してしまったハヤテと勇太を残し、ギンガマン石切場へ。石化の恐怖に対してハヤテを見習って冷静さを心がけようとする勇太だが、ハヤテのあまりにドライな計算に、つい声を荒げてしまう。
「そういうの冷たいっていうんじゃないの?!」
「……勇太」
何か言いかけるハヤテだが、そこへ雪辱に燃えるシェリンダが格好いいBGMで登場。
「ギンガグリーン、貴様のトドメは私が刺す!」
「勇太、離れてろ……。銀河転生!」
「その体では満足に戦えないだろう。だが手加減はしない。それが宇宙海賊の流儀だ!」
船へのこだわりといい、実は凄く真面目に海賊をしようとしている貴重な人材な気がするシェリンダ(一方で剣士としての雪辱に燃える辺り、ゾンネット的な出自も思わせますが……)は、ギンガグリーンをぐりぐりと踏みつけにするが、婚約者の居るハヤテに新しい扉を開けさせるわけにはいかない! と勇太くん、まさかのダイレクトアタック。


―― ギンガマン! それは、勇気ある、銀河戦士の称号である。

思わず若本規夫のナレーションが脳内に響いてくる、勇太くん渾身の《チャージアタック》がシェリンダをよろめかせ、《投石》《破壊工作》に続いて、笑ってしまうぐらい順調に戦士としての階梯を登っていく勇太ですが、この分だと最終決戦の頃には、ロボットの一つや二つ、操縦していそうです。
だがさすがにシェリンダは幹部クラス、すぐに体勢を立て直すと海賊光線を放ち、勇太をかばって直撃を受けた緑は変身解除。しかしそれでも、決して諦めはしない。
「大丈夫。残された時間はある。まだな」
(あの時、ハヤテは1時間しかないって言ったんじゃないんだ。1時間もある、って言いたかったんだ。大丈夫だって。……そうだよ、どんな時でも、チャンスとか、出来る事って、きっと残ってる。ハヤテはそれを信じてるんだ。だからいつも冷静でいられるんだ!)
ハヤテが本当にクールでドライだったら、そもそもお小言マシンと化さないわけで、実は他人を慮る気持ちも強いが、言い方に問題が多々あるというハヤテの短所が織り込まれつつ、その高すぎる戦士の覚悟を知って、勇太少年のレベルがあがった!
この分だと最終決戦の頃には、獣装光勇太くんぐらい誕生しそうです。
とはいえ状況は依然不利のままだったが、追い詰められたハヤテは封印を逆手に取ったまさかの石化ガードでシェリンダの剣を弾き、勇気ゲージがブースト中の勇太くんはそれを拾ってハヤテへとパス。しかし怒りのシェリンダの海賊光線を再び受けて瓦礫の下敷きになってしまい、前線で活躍する一方で、相変わらずきちっとピンチになるのが、全方位に隙がありません。
戦士と世間を繋ぐパイプ役の賑やかし子供キャラであり、時に戦場でサポートキャラもこなし、なによりもヒロイン属性持ちの上で、積み重ねてきた丁寧な描写により好感度も高いという勇太少年、圧倒的強靱さ。
カーレンジャー』の市太郎少年の、浦沢時空的毒気と比べると多分に理想化された存在なのですが、比較検討してみても面白い材料であるかもしれません。
「勇太!」
激情を燃やしたハヤテが、身をかがめた低い姿勢を取りながら、その顔に前髪がかかるのが獣の怒りという感じで格好良く、シェリンダの光線をものともしない突撃から、ばっさりと袈裟懸けにするもダブルノックアウト。
一方、伸縮自在の腕によるガーラガーラの攻撃に苦戦していたギンガマンだが、土中潜行による反撃で儀式に必要な呪具の破壊に成功し、封印の反転を解除。石化が解けて起き上がったハヤテは瓦礫を必死にどけ、勇太くんの靴だけが見つかる、というのが凶悪な演出で、怒りから哀しみへ、ハヤテの感情を強く炙り出してきます。
だが勇太は、咄嗟にベンチの下に隠れる事で下敷きを回避しており、戦士の冷静さを発揮したぞ、と少々自慢げに顔を出した勇太を、泣きながら抱きしめるハヤテ。
「…………ハヤテ、どうしたの?」
「……良かった……良かった勇太!」
「ハヤテ……ごめん」
冷たいようで実は熱いハヤテの心情が、勇太との距離感の変化を伴って描かれ、勇太がかなりアグレッシブな事で、ただのピンチ要員になっていないのが上手いところ。また、ただハヤテを掘り下げるのではなく、勇太の“気付き”の物語になっている、というのが良く出来た構造です(同時に、勇太を愚者と描かない事で、トラブルメーカーにもしていない)。
「ハヤテ、リョウマ達と、合流できるか? 敵は、かなり手強いんだ」
そしてそこに声をかけてくる事で示される、本当に冷静なのはモーク(笑)
ハヤテと勇太は倒れたままのシェリンダを捨て置いて石切場へと急ぎ、更なる屈辱にまみれる事になるシェリンダの叫びが、因縁の布石として強い印象を生みます。
「待て! ギンガグリーン! 戦え……! 戦え……戦え!」
呪具を破壊するも引き続きガーラガーラに苦戦し、ヒュウガが絶体絶命のその時、間一髪間に合うギンガグリーン(これにより、シェリンダをただ見逃したのではなく、時間をかけずに急いだ事でヒュウガを救えた、という構造になっているのが手堅い)。怒濤の空中殺法から5人揃ったギンガの光で強敵を打ち破るが、「イリエス魔人族はしぶといのだぁ……!」で巨大化。
超ギンガイオーも複雑怪奇な伸ばして縮めて!に苦戦し、ギンガマンは冒頭で滝の裏に隠れていると解説されたギガバイタスに増援を要請。バイタスの空中戦艦モードから地上要塞モードへのトランスフォーム、そしてライノスとフェニックスの出撃シーンがフルで描かれ、前回−前々回はシルエットだった5つのメカが発進・合体して巨大ロボになるのですが、もともと1体の星獣が、5つメカに分解された上で、それぞれにジタバタする意志が宿っている――すなわち、魂が5分割されている――というのが図らずも、財団Bの走狗もとい阪神商人の外道ぶりを引き上げています。
自律型のライノスとフェニックスが駆けつけてギンガイオーを助け、最後はブーメラン、ブーストライフル、大獣王斬りの3連続攻撃でフィニッシュ。不在のゴウタウラスはこれも冒頭で前回の戦いのダメージが示唆され、休養中の扱いに。
次回――まさかのバイク。


◆第三十二章「友情の機動馬」◆ (監督:小中肇 脚本:武上純希
ヒュウガに負けじと女子高生をキャッチしたリョウマは、助けた少女・百合子の兄、バイク屋の一郎に誤解から殴り飛ばされるが、それが縁で友達となる事に。
「おまえも、バイクに乗るのか?」
「いや、いつもは馬に乗ってる」
は大変面白かったです(笑)
一方、金蔵の鍵穴から金貨を覗き見してすっかり守銭奴キャラが板に付いてきたイリエスは、22人の恐怖を集めるべく蛇女妹を派遣し、乗馬倶楽部に遊びに来た百合子が、蛇魔人のペンダントに囚われてしまう。
「見損なったぜリョウマ! おまえギンガマンなんだろ……? ギンガマンなら、どうして百合子を守れなかったんだ?!」
「一郎……」
「おまえなんかに、百合子が助けられるもんか! 百合子は、俺が助け出してみせる!」
妹を救おうと、バルバンを挑発した一郎は無謀にも蛇魔人に立ち向かった所をリョウマに救われ、手から火を出すリョウマの姿を見て友情復活。フル名乗りを決めたギンガマンは蛇魔人からペンダントを奪い取る事には成功するが、突然繰り出されたゴルゴンギア(蛇バイク)に敗れるギンガの閃光。
予告でバイクを煽り、ゲストがバイク屋の割に、敵が物凄く足が速いわけでもバイクに絡んだ能力というわけでもなく、どうやってバイクと繋げるのかと思ったら、特に理由は無いけど趣味はバイク乗りでした!
これまで、発動すると基本的に標的を地獄送りだった超必殺技を破られたギンガマンは、リョウマとの友情の為に蛇女にバイクで立ち向かう一郎の姿と、おっとり刀で駆けつけたヒュウガ兄さんを通した黒騎士の魂の助言により、5人のギンガの光を結集。
「生まれ変われ! ギンガの光!」
ギンガの光は様々なものに身を隠す性質があると説明されていたので、その形を変える事が可能、というのは納得できる範囲なのですが、う、生まれ変わらせて良かったの?!
誕生したライオンバイクのデザインと、疾走感のあるバイクアクションそのものは割と格好良かったのですが、思えばこの時期は《平成ライダー》以前の『仮面ライダー』空白期間なので、割と貴重なバイクアクションでもあったのでしょうか。
かなり強引にライオンバイクありきのエピソードで、ギガシリーズ登場に不満を爆発させたという小林さんに代わって、武上さんがとにかく割り切った1本を仕上げてくれた感が強いのですが、一つに戻したギンガの光を、バイクという形で制御している所には、ギンガマンの成長が見て取れるとは言えるかもしれません。
弾丸形態に変形して体当たりという必殺攻撃は馬鹿っぽくて好きです。……赤が個人使用する轢殺兵器がジャイアントローラー(『超力戦隊オーレンジャー』)を彷彿とさせつつ、座席部分が前後から閉じて脱出不能になるこれは実質“走る棺桶”なのでは……という気もしますが、その後、光がバイクから5人の獣装光に戻ったのは、心底ホッとしました(笑)
蛇魔人は「イリエス魔人族はしぶといのよ」で巨大化し、その幻術に苦戦するギンガイオーは、ギガバイタスに増援を要請。
ナレーション「ギガバイタスは、メルダメルダの幻覚魔術攻撃を打ち破るべく、驚異の集中力を誇る、ギガライノスを選んだ」
と、メカ星獣にキャラ付けが与えられ、応援に駆けつけたギガライノスは、横からの体当たり一発で事態を解決。
…………しゅ、集中力……?
余談に逸れますが、現行『仮面ライダービルド』が時折見せる力強い大穴進行って、特撮ヒーロー作品でままあるこの手のノリを、“特撮物らしい面白さ”として意図的に再現したいのではないか? と感じる時がたまにあるのですが、今回のこれは1998年でも悪い例としても、時代による洗練は洗練として受け入れないといけないところはあって、2018年に似たような勢いをそのまま再現しようとするのは、無理があったのでないかという気がしてならず。
そこで無理を通して道理を引っ込めたいと狙うならば、設計段階から無理を通す物語を作らなくてはならないのであろうと思うわけです(それをやろうとして狂気と正気の境目が中途半端になってしまったのが、多分『フォーゼ』)。
つまり2010年代のドラマ性の中で70年代的な説得力をただ持ち込んでも噛み合うわけがなく、それを物語として成立させる為には、むしろ緻密な設計と計算が必要なのではないか、と。……これもしかしたら、『キュウレンジャー』も同じ落とし穴にはまっていたのかもしれず、児童向け作品という前提含めて、求められている洗練さの段階が上がりすぎてしまっている事に対する、作り手の問題意識が絡んでいるのかなとは思うところです。
こういう形で長文の感想を書いているとハッキリ感じる点として、90年代以前の作品と、00年代以降の作品は、単純な尺の問題以上に1エピソードにおける情報量に明確な差があって(勿論、いつの世も例外や突然変異的作品はありますが)、00年代の作品になると私の目から見ても、ちょっと情報量多すぎなのでは……と思うエピソードがあったりするのですが、その辺りは恐らく、戦隊もライダーも30分枠の限界に到達しつつある中で、その舵取りに対して延々と行われてきた試行錯誤が、一つの分水嶺に来ているのかもしれません(勿論、今後も(続いていけば)様々な揺り戻しはあるでしょうが)。
(と考えてきた所で今更ながら、『エグゼイド』がどの辺りでバランスを取ろうと志向していたのか、が気になってきてみたり)
誤解の無いように付け加えておくと、これは“昔は良かった”という話ではなくて、時代時代で“面白さの種類がある”という事なのですが(その上でどこに自分のベストを見出すかもまた人それぞれで)、そう考えると『ビルド』というのは、一つの作品の中で二つの面白さを取り込もうとする志向があったのかもとは思え、しかし残念ながら、商業的な諸事情含めてその最適解としてのベストマッチを見つけられなかったのかな、と。
なんか上手い事オチがついた気持ちになったところで話を戻して集中力の勝利! によりギンガマンは蛇魔人を降し、人々も無事に解放。お礼にと渡された一郎作のクッキーは、リョウマすら拒否する味だった、でオチ。百合子からの淡い好意をスタートにしつつ、一郎との友情で終わるのが、リョウマらしい(笑)
カメラテストかOBか的な使われ方でしたが、一郎は一本気な青年を好演していて、いいゲストでした。
次回――サヤ、《綺麗なお姉さん》スキルに挑戦、している間に阪神Vやねん!!