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誤解と訂正

昨日書いた「天空の村に月が降る」(さだまさし)なんですが、秋ではなくて、の歌でした。何かおかしいなぁと思ってよくよく聞いてみたら“水無月末の満月の”頃でした。“並んだ稲”とか“神楽舞う人”とかから、勝手に秋のイメージ映像を造っていましたよ。
そもそもよく考えると、この歌の主風景は天空の月が棚田の水面に映るというものでありまして、秋で稲穂がびっしり実っていたら、そもそも無理です(笑) 田圃の水面が出ている季節でなくてはなりません(^^; ……いやぁ、本当に好きな一曲で何度も聞いているのに、物凄い矛盾した脳内風景が結ばれていた事に、気付いてしまいました。
「稲」という単語は恐ろしい。
反射的に、実っている状態の映像が出てしまいます。
多分、そのせいだ。
“神楽舞う人”が秋のイメージなのは、なんとなく奉納神事というと、夏祭りより秋祭りのイメージが強いという、これは完全に私の思い込みです。
よく読むと、1番にも2番にも歌詞に“蛍”も出てきていました。
ところでどういうわけか、さだまさしは「蛍」に「別れ」のイメージでもあるのか、蛍の出てくる恋歌は何となく暗いです。「線香花火」とか「風の篝火」とか。この歌も“いずれ叶わぬ恋”らしいですし。……ひっくり返せば、蛍の出てくる愛の歌もあるかもしれませんが。まあ、ある程度、シンボライズが固定している人ですから、多分、別れだったり何となくそういうイメージなのでしょうけど。