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『ワンダーウーマン』感想(ラストまでネタバレあり)

――僕は今日を救う。君は世界を救え。


 美しくも猛々しき女戦士アマゾン達が暮らす島で育った女王の娘ダイアナはある日、島の外からやってきた飛行機のパイロット、スティーブと出会う。新型の毒ガス製造法に関わるメモを入手してドイツ軍に追われていたスティーブを助けたダイアナは、島の外に“戦争”がある事を知り、争いの元凶たる悪神アレスを倒すべく、旅立ちを決意。“戦争”、そして“人間”の本質を知らぬままに、後の世にいう第一次世界大戦の渦中に飛び込む事になるのだった……。
バットマンvsスーパーマンジャスティスの誕生−』で鮮烈な活躍を見せたワンダーウーマンのはじまりの戦いを描くアメコミヒーロー(DC)映画。
原作コミックにおけるワンダーウーマンのオリジンは一切知りませんが、女性ばかりの島で育った女戦士が外界から不時着した初めての男と出会う――という導入を、現代に実写として成立させる為に今作が取ったのは、これは神話なんだ!というアプローチ。
ダイアナ達アマゾンはギリシャ神話の最高神ゼウスによって作り出され、かつて戦いの神アレスが人間の間に引き起こした戦争を止めた存在。ゼウスの作った人間に嫉妬するアレスは父たる神に対して反乱を起こし、世界観説明の紙芝居劇場において、神々を次々とオリュンポス山の頂から蹴り落とすアレスは妙にお気に入りのシーン。
戦いの末にゼウスとアレスは相討ちとなり、ゼウス最後の力で後事を託されたアマゾン達は、いつか蘇り世に再び戦乱を振りまくであろうアレスを倒す時まで、神殺しの剣を守りながら己を鍛え続ける事になり、外界から隔離された神話の時代の落とし子となるのであった――。
一方、その間に神々の手を離れた世界では様々な文明の興亡や産業の発達を経て、第一次世界大戦という暴風の真っ最中……外から来た男スティーブと出会ったダイアナは戦争が今まさに起きている事を知り、島を出て戦乱の元凶たるアレスを倒す事で戦争を終わらせようとするのだが、世界はそんな単純明快な構造を失って久しくて……というのが導入にして、基本的な構造。
勇猛果敢にして頭脳明晰、アマゾン族のプリンセスとして気品と強さを併せ持ち、約束された英雄ではあるが、純真で荒削りすぎるダイアナを、端々の言行で導き磨き上げていく今作のもう一人の主役といえるのが、ダイアナが出会った初めての男性、スティーブ・トレバー。
ドイツ軍に潜入していたスパイであるスティーブは、命がけで入手した情報をロンドンの司令部へ届ける為に、島を出たらダイアナを最前線へ連れて行くと約束。アレスさえ倒せば人々に平和を愛する心が戻り戦争が終わる、と頑なに信じるダイアナに、世界も人間もそう単純ではないと伝えようとするも説得しきれないが、かといってダイアナを放り出してはいかない誠実さを持っており、相争う人間の欲深さを知りながらもそんな世界から目を背ける事なく、失われる命を見過ごせない為に危険を辞さない硬骨の正義漢という、いい男。
何かと出来すぎなのですが、大体の事は「優秀なスパイだから」で説明され、ストーリーラインを引っ張る存在でもあるスティーブは、ダイアナの導き手という役割もあって、素直に格好いい存在でした。できる男ですが完全無欠というわけでもなく、何やら過去に傍観から犯した過ちを悔いているからこそ危険な任務に身を置いている事が窺えるというのも良いアクセント。
紆余曲折あって、ダイアナとスティーブ、スティーブの集めた仲間達はベルギーに向かう事になり、そこで“戦争”の現実に直面したダイアナは……というところで映画全体の折り返し地点に、この映画はこうだ! という1つの大きな山場が来るのですが、残念ながらそれが求めていたものと違っていて、以後、ボタンの掛け違いを感じて最後までノリきれず(^^;
DCヒーロー大集合映画である『ジャスティス・リーグ』の前日譚でもある今作、いってしまえばDC版『キャプテン・アメリカ:ザ・ファースト・アベンジャー』であり、70年以上前のヒーローを現代に実写リブートするにあたり、“戦争”という否応無い現実の中にアナクロなヒーローを直面させる事で新たな立脚点を与える、という構造が共通しているといえます。
そこで一次大戦と二次大戦の違いはあれど、共に戦争映画の体裁を取っているのですが、戦場の悲惨な現実の中で、神話的英雄であるダイアナが力を振るえば振るうほど空回りが重苦しいしこりになっていく、という終盤への布石を含んだ今作の見せ方は、どうも個人的な好みから逸れてしまいました。
流民を救う為に立ち上がったダイアナが、アレスに操られていると認識しているドイツ軍を倒す事には躊躇しない(直接の殺害描写は無いが、味方による殺害は許容している)というのも、後で否定されるのが前提の二元論に基づいているので見ていてずっとスッキリしませんし、映画全体の構造が二元論的ヒーローを否定しながら、ドイツ軍は絶対悪、というフォーマットに基づいているというのも、違和感のあった部分。
総じて神話でパワースラム!する事なく、戦争映画というパッケージを丁寧に描こうとした感があるのですが、この辺りの要素に関しては、戦争を一度戯画化した上で、馬鹿馬鹿しいコスチュームに身を包んだヒーローが本物の英雄に変わっていく姿を描いた『ザ・ファースト・アベンジャー』の方がスマートであったかな、と。
勿論、戦争を通して人間の業や愛や希望を描くというのは普遍的な物語構造であり、今作を『ザ・ファースト・アベンジャー』と比較して見る必然性は無いのですが、現状DCヒーロー映画がどうしたってMCUの後追いになっている以上は(元来先に実写映画でヒットを出したのはDCヒーローとはいえ)、もっと意識して『ザ・ファースト・アベンジャー』を想起させない内容にしても良かったのではないかな、と。
原典コミック要素なのかもしれませんが、劇中でダイアナがシールドアクションを多用するのも、どうしてもキャップを思い出してしまいましたし(^^; あと、止め絵多用があまり効果的に感じず、全体的に殺陣が好みでなかったのもマイナス。
戦車ぶった切るのに使われる神殺しはちょっと面白かったですけど。
それからもう一つ大きなマイナス点として、約2時間20分は長すぎたと思います。冗長な演出とくどい描写も目立ちますし、目安としてあと20分切り落として、2時間にまとめてくれればもっとテンポが良くなって印象変わったかもなと。
物凄くざっくりまとめると今作、〔神話の時代はもう終わった!→それでもこの世界と向き合う事を選んだ新たな女神の誕生!〕という物語なのですが、2時間20分かける内容ではなかったと思います(特に悪神アレスとの問答シーンはしつこすぎ)。
で、そんな構造上、約束された英雄ではあるが中身は純粋な少女に近い主人公が、ままならない世の中の現実とぶつかって大人になる、といういわば“塔の中の姫君の脱出”を描いた物語でありながら、端々で女優さんの年齢が見えてしまう(撮影当時30歳ぐらい)というのも、ちょっと冷めてしまいました。
主演のガル・ガドットは、成熟した戦士・ワンダーウーマンとしては非常にはまり役であり、『ジャスティス・リーグ』が控えている以上、単独映画で別の女優というわけには当然いかなかったのでしょうが、今作の主人公像は、もっと若い女優さんの役であったろうな、と。ガル・ガドットワンダーウーマンがはまり役であるが故に、今作の構造と齟齬が目立ってしまったように思えます。
そんなわけで、総合的に、この素材を活かすにはもっと別のアプローチがあったのでは……というのが、個人的な感想。ボタンの掛け違いを感じたまま、最後までノリきれない映画になってしまいました。
ヒーロー映画としての普遍的な格好良さをあらかた持っていったスティーブが空中で葬り去られるというのも好みではありませんでしたし、それを受けてダイアナが新しい何かを見せてくれるのかと思えば、そうでもなかったというのも残念でした。