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最近読んだ本・1

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身


天才的な頭脳を持つ数学者でありながら、今は高校の数学教師の身に甘んじる石神は、密かに思いを寄せるアパートの隣人、花岡靖子が娘と二人で前夫を殺害してしまった事を知り、彼女に協力を申し出る。殺人を隠し、二人を救う為に行動する石神。その指示に従いながらも、石神の存在をどう受け止めるべきか戸惑う靖子。やがて警察の捜査が二人の身近に及んだ時、奇縁から石神の前に姿を見せたのは、かつての学友、物理学者・湯川学だった――。
探偵ガリレオ』『予知夢』の短編シリーズで主役を務めた湯川学と草薙刑事が登場するシリーズの初長編。といっても短編の方の、科学トリックを主体としたワンアイデアものというコンセプトは使用されておらず、加えて不可能犯罪ネタでもオカルトネタでも無いという具合で、キャラクターを除くと特にシリーズ的繋がりを意識する必要は無し。
そのせいかどうかはよくわからないのですが、作中の台詞などから鑑みると短編シリーズの頃から10年ぐらい時間が進んでいるような気がするのですが、これは作者が意識的に時間軸を大きく外したのだという理解でいいのでしょうか。お陰で、短編の時は多少は女性に意識のあった草薙刑事が全くその雰囲気がなく、「奥さんが出来た」というよりも「40過ぎて諦めた」みたいな感じで、ちょっと可哀想(笑) とか何とか、いきなりそんなどうでもいい部分が気になってごめんなさい。ちなみに、最初の頃と中盤以降で草薙刑事の喋り方が変わっている気がするんですが、これは気のせいでしょうか。書き始め、草薙刑事のキャラを作者が忘れていたのではないか、という気がして仕方がありません(笑)
とまあその辺はさておき、面白かったです。
特に中盤の、石神・靖子・湯川、それに靖子の昔の馴染みの客と、人々の思惑が錯綜していき、それが新たな展開を生み……という辺り。
クライマックスにおける、してやられた感は、かなりお見事。
うーん、ちょっとでも内容に触れると一種のネタばれに繋がりそうな所のある小説なので、感想が難しいなぁしかし(^^;
とにかく、仕掛けが細かい作品。
それも、複雑なトリックの為の伏線を細かく仕掛けているというわけではなく、一つのわかりやすい(これは重要)大ネタに集約されていく部分を、非常に丁寧に書き込んでいるというタイプ。技巧に走りすぎる事なく、仕掛けと物語が融合されているという点と、解き明かされた時にそれが非常にわかりやすい、という点は高く評価。
文章も読みやすいし、小説としても入りやすいと思います。
後はまあ、作者のドラマ性と好みが合うかどうか次第という事になるのですが、その点に関しては私はちょっと違うなぁというのが今回、辿り着いた結論。
んー、何だろうなぁ、一つには、私の求めている(好きな)“格好いい”が東野さんの小説のどこにも出てこない、というのはあるかもしれない(笑) いやこれはもう、純然たる好みの問題であり、この小説自体は面白かったし嫌いでも無いのですが。ちょっとこう、位相がずれているのですよ。
ちなみにこの思いは、文春のサイトの「自著を語る」コーナーを読んで、はっきり強くなりました。
凄い説明しにくい感覚ですが(^^;
しかも、小説そのものは面白く読んだだけに尚更。
こういうのも、ちょっと珍しい。
−−−−−
さて、以下、ネタばれありの感想コーナーです。
事件の真相に触れたり触れなかったりなので、未読の方は御注意下さい。
−−−−−

以下、ネタばれあり。
壮大なミスディレクション小説、というのが一読しての感想。
200ページ、300ページという分量が、読者に対する二重三重の誤誘導として機能して、クライマックスに集約される。
トリックは勿論なのですが、人間関係の細かいあやなんかも実は……という辺りには素直に完敗。
あと、作劇的に優れているなぁと思ったのは、警察機構が頓珍漢なミステリーは数あれど、“警察がある程度、まともに捜査する事”を前提としているミステリーはなかなか珍しいな、と。この小説の場合、警察が捜査をすればするほど、ミスディレクションにはまりこむ、という構造なので。
大ネタのトリックに関しては、確かに凄いのですけど、何故か微妙に2時間ドラマ臭を感じたのは私だけでしょうか(笑) でもこの一歩間違えると物凄い馬鹿馬鹿しい部分をドラマ性と融合させて物語を仕立て上げたのは素直に凄いと思います。
で、これって物語としては最初から悲劇に辿り着く事が前提の話で(探偵役が居なければ別ですが、明確にシリーズ物の探偵が存在しているという構造上、真実はやがて露呈するのだと最初から想定可能なわけで)、その悲劇のピークで終わる、という辺りは好きずきなのかと思いますが、私は実はあまり好きではなかったり。
あと実はここで、石神の数式に一つの間違いがある事も証明されたりするわけですが。
勿論、いざという場合に罪を自分が全て被る、というのは最終手段であって、湯川が出てこなければその手段を使う必要が無かったというのもありますが、ここで石神が用意周到に全ての罪を自分が被ったものの、花岡靖子の娘がそれに対する良心の呵責に耐えかねる、というシーンが出てくる。実はこの中学生の娘さんの人間的感情というものは、石神の論理から逸脱している。
となるとこの話はそもそも、崩れるべくして崩れる「献身」の話なのであるな、と。
勿論、物語世界が二つの殺人を許容しない以上、辿り着くべき終着点ではあるのですけど。
ただそうなってしまったが為に、最終的には、情状酌量の余地が無い事も無かったかもしれない殺人に、死体損壊や遺棄など色々な罪を付け加えてしまったという事になるオチは、一つの罪を隠したいが為に更に罪を繰り返すという人間心理のパターンをなぞりつつも、極端に言うと一種の滑稽劇の域にまで達しているような気がして(というか私にはそう読めてしまって)、やや読後感の余韻を濁らせた感はあります。
最初に花岡靖子に自首の意志があっただけに、結局は破滅に向かう「献身」になったというか。まあ、娘は初期に比較的自分から隠蔽工作に積極的なので、物語的な因果応報と行ってしまってもいいのかもしれませんが。
この辺りのドラマの方向性がちょっと、好みと合わないところ。
故に、面白かったけど好きにはなりきれない小説。