はてなダイアリーのサービス終了にともなう、旧「ものかきの繰り言」の記事保管用ブログ。また、旧ダイアリー記事にアクセスされた場合、こちらにリダイレクトされています。旧ダイアリーからインポートしたそのままの状態の為、過去記事は読みやすいように徐々に手直し予定。
 現在活動中のブログはこちら→ 〔ものかきの繰り言2023〕
 特撮作品の感想は、順次こちらにHTML形式でまとめています→ 〔特撮感想まとめ部屋〕 (※移転しました)

『月の扉』(石持浅海)読了

月の扉 (光文社文庫)

月の扉 (光文社文庫)

いやー、石持浅海、面白い。
『扉は閉ざされたまま』以来、注目作家の中に入れているのですが、これは面白かった。初長編の『アイルランドの薔薇』は今ひとつだったのですが、今作と『扉は……』の2本で、ある程度、高い評価を与える事、確定。

沖縄、那覇空港でハイジャック事件が発生する。乗客・乗員245名を人質にとった犯人グループの要求は、那覇警察署に留置されている、彼等が「師匠」と呼ぶ人物を、空港まで“連れてくること”。国際会議を間近に控え、警察内部で様々な憶測が囁かれる中、機内では思いもかけぬ事件が発生する。乗客の一人が、トイレで死体となって発見されたのだ――。
ある目的を持って行われたハイジャック事件を縦軸に、機内で発見された死体に関する謎解きが展開します。果たして犯人は誰なのか、その目的はいったい何なのか。ハイジャック中の機内という外部の介入のない環境において、はからずも探偵役を任される事になったのは、その場にたまたま居合わせた乗客の一人。キレ者ではあるものの、決して異能の才人ではない青年が、ハイジャック犯とディスカッションを繰り返しながら真相に近付いていきます。
物語のポイントは、あくまでも主軸はハイジャックにあって、物語はその遂行に向けて動いていくという事。警察側のシーンの書き方の巧さもあり、“ハイジャック事件”という緊張感が全編をしっかりと貫いています。その軸の中に死体の発見が絡み、しかしそれは決してエンターテイメント的な小ネタでもでなく、トリックとロジックの為のガジェットでもなく、物語そのものときっちりと噛み合う。
とにかく石持浅海が優れているのは、まず物語がある事。まあこれは本来は当たり前だとは思うのですが、自らミステリ作家を名乗る人達の何割かが、ロジックの為のロジック、トリックの為のトリック、ガジェットの為のガジェットに陥り、物語よりもミステリである事を優先してしまっている中、トリックもロジックもガジェットも、あくまで物語の要素であって、それがしっかりと物語として繋がってこそ美しいのであるという事が守られているのが素晴らしい。
80年代以降の日本のミステリ作家の中で、こういう“物語に対する信念”を持っている作者としては他に京極夏彦*1なんかがそうですが、“本格”という枕詞をつけるべきでないタイプの作家であると思います、石持浅海
1997年に短編初掲載、2002年に長編デビュー、現在までに発刊されている長編は6本とまだまだこれからの作家でありますが、個人的には非常に注目。
とりあえず、『扉は閉ざされたまま』は傑作なのでお薦めです。
ああただ、『扉は閉ざされたまま』はかなり顕著で、『月の扉』も割とそうなのですが、登場人物の描き方がけっこう独特で、なんというか、日常生活にいつの間にか突き刺さっていたちょっとした棘、みたいなキャラクターを描くのが非常に巧いんですよね。逆に、そういったキャラクター性に依っている部分もたまにあって(今作も、探偵役のキャラクターに納得できないという場合は割とありそう)、それが飲み下しにくいという人もいるかもしれません。そういったキャラ設定の部分も含めて、“物語の力”というものを信じているタイプの作家であろうと。
前も書いた気がしますが、極端に言えば私の場合、物語の美しさの前には多少のロジックの傷など小さな事だと思っているので(今作にロジック的な穴があるという意味ではなく)、まあその辺り、フィーリングが合うという点も含めて自然と評価が高くなっているという事はあろうかと思います。
とにかく、ちゃんと、小説が書ける人。
居るようで居ないのですね、プロ作家、皆そうかと思えばそうでもないというのが世の現実。
ハイジャック小説をきちんとやりつつ、ミステリを取り込みつつ、しっかりと物語を美しく繋げる。なかなかの良作。リーズナブルな文庫版という事で、割とお薦めです。

*1:まだ『狂骨の夢』以降を読んでいないのですが、とにかく『魍魎の筺』が大傑作。