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『海賊戦隊ゴーカイジャー』第50話&最終話感想

50話は、冒頭から大ロボットバトル。
ニンジャマンも使ってあげて!
せっかく最後に手に入れた“大いなる力”なのに……
メガレンジャー』好きとしては、シルバーがメガウィンガーを使ってくれたのが嬉しかったです。やっぱり過剰攻撃力だし。
迎撃→しかし多勢に無勢→ロボット敗れる→皇帝陛下全人類抹殺宣言の展開で、ロボットの見せ場を作りつつ絶望的な戦力差を分かりやすく提示。破壊されたゴーカイオーから地上へ投げされた6人。“宇宙最大のお宝”を使うしかないのか……しかしそれを使えば、34戦隊の存在そのものが、時空から消滅してしまう(まあ、それでなくても、宇宙の作り替えなどしたら色々なものが消えそうではあるのですが(笑))。悩む6人が、ガレオンに戻る道すがらで、過去ゲストなどと出会う、という展開は秀逸。
スーパー戦隊を最も愛するが故に、鎧が真っ先に“宇宙最大のお宝”を使おうと言い出すのも面白い。
そして、


「大人になっても覚えてて。みんな、勇気という名の魔法が使えるの。それがきっと未来を照らしてくれる。私もスーパー戦隊にそれを教えてもらったの」
というのは、最後にずばりと来たけど、この作品のテーマ。
物語上のテーマは別にありますが、『ゴーカイジャー』という作品のテーマは、これなのでしょう。


「わたくし達は知りました。スーパー戦隊の方々の、熱い思いと、戦いの歴史。それがこの星の人々を強くしたんです」
「だからこんな状況でも、みんな希望を捨てずに、力を合わせて、最後まで戦おうとしてるんだ」
「あたし達がその支えを消すなんて、出来るわけないじゃない」
「この星には、スーパー戦隊が必要だ」

年寄り視点で読むと、けっこうメタに取れる台詞なのですが、脚本が巧く、本編の流れに組み込みました。
全員の意志で“宇宙最大のお宝”を使わない道を選んだゴーカイジャーは、翌朝、人類殲滅の為に地上に姿を見せたザンギックの降下部隊の前に立ち塞がる。


「死ぬ気はねぇな。だが、命を賭けて、この星を守る。それが、スーパー戦隊ってもんだろ!!」


ここまで頑なにヒーローになろうとしなかったマーヴェラス以下の宇宙海賊が、遂に真の“海賊戦隊”となる、狙い澄ました変身シーン。
マヴェちゃんが、いつもの、へへっ、という笑いの後に、凄くドスのきいた声で叫んだのも良かった。
どこまで初期から構想していたかはわかりませんが、お見事。
演出的にあえて気になった所をあげると、地球の愚民共の数がちょっと少なかった所かなぁ……最後のモブシーンなので、エキストラではなくて、スタッフとか中の人を使っていた可能性ありますが。あそこで街の人達の数が少なかったので、皇帝陛下の全人類抹殺宣言に、若干、迫力が出なかった。
翌朝の抵抗シーンで、何故かちょっと増えてたけど。
最終回、フリージョーカーとバスコの名前が出てきたのは良かった。劇中の要素を出来る限り拾う、というのはやはり良い。
更に、皇帝陛下、まさかの立ち回り。
超連続ゴーカイチェンジは、我が愛するオーレッドがなぜか目立ったのが嬉しかったです。
しかし戦闘シーン、どれだけ時間かけて撮ったのか……ワンカットごとにスーツ着替えているのかと思うと、恐ろしい。
切る方も大変だけど、切られる方も大変。
そして微妙に、関智一が皇帝陛下を倒したような気がする件(笑)
それから、マヴェちゃんが一番フラグ立てたのは結局鳥だった件。
ラストで、劇場版『vsギャバン』とリンクする小ネタを挟んだのも素晴らしい。
マヴェちゃんがガレオンの舳先に立つのも、ギャバンに感化されたのか、それともアカレッドも同じ属性の人だったのか(笑)
当初そうとう無茶企画だったと思うのですが、劇場版『vsギャバン』をやった事は、このシリーズにとって凄く大きかったのではないかなぁ。踏まえるものを一つ広げた事により、シリーズとしてどこまでやるのかの覚悟が一段深まったのではないかという気がします。
劇場版の感想で、『ゴーカイジャー』の世界観は、“ヒーローはエターナルにヒーロー”と書きましたが、これは凄く辛くて厳しい面を持っていて、しかしそれをわかった上で、陽性に、けれど馬鹿っぽくすること無く、最後の最後までやりきったのは実にお見事。
身の回りの評判が良いのと我が愛しの星野吾郎(オーレッド)が出てくるというのとDVDデッキを手に入れたのと幾つかの要素が重なった上で途中からの視聴でしたが、たっぷり楽しませていただきました。
スタッフの愛と、東映の本気と誇りが何より嬉しい作品でした。
これだけぶっ飛んだ企画が大成功してしまった後なので色々と難しい作品になるかとは思いますが、次回『ゴーバスターズ』も楽しみです。予告見る限り、1話の絵造りは随分と金がかかっている感じでしたが、『ゴーカイジャー』のロボット戦が派手だけどCG中心でざっくりめだったのに対して、『ゴーバスターズ』は着ぐるみロボットバトルに力入れる路線で行くのかしら。
……ところで最後にカレー屋のシーンでアイム姫が凄くさらっとプロポーズしていた気がするのですが、明らかに、脚本家の陰謀を感じる。


以下、ちょっと古いファンの呟き。
近年は大きく事情が変わっていますが、私の中では“特撮ヒーロー出身の役者はなかなか大成しない”というのは心に刺さるトゲみたいな所があって、それはあくまで自分とは関係も無い事だとは知りつつも、やはり自分の愛した特撮ヒーローには出来ればその後も成功してほしい。しかし世の中、そうも行かない。それどころか、特撮ヒーロー出身という経歴が、むしろその人の道を狭めたのかもしれない(無論、70年代80年代でも特撮ヒーロー出身でその後成功している役者さんも少ないながらおりますが)、自分たちが楽しむ事で潰れてしまった別の可能性というものがあるのかもしれない、そういうネガティブな部分を持っていたりしました。
例えば、あるヒーロー物に出ていた役者さんのその後の仕事歴とか、怖くて、調べられなかった。
で、ときどきドラマで脇役でもなんでも出身者が出ていると、「お、○○だ」と応援してみるぐらい。
そんな中で、『ゴーカイジャー』という作品には過去シリーズの役者さん達が、中には建前の方も居るかもしれないけれど、愛を持って大挙出演してくれた。
そこで特撮ヒーロー物への誇りを語ってくれた。
だからねー、『ゴーカイジャー』という作品は、“赦し”なのです。
で多分、スタッフにも少し、そういう思いがあったのかな、という気がしています。
公式ページのプロデューサーのコメントなど読むと、旧作の出演者さんにオファー出して、OK貰う事で、何かに赦されているような感じを受けます。まあこれは、私がそうだから、そう読めてしまうだけかもしれませんが。
ゴーカイジャー』には、愛と同時に赦しがあって、そして愛し続ける事を赦してくれた。
私にとっては最終的に、そんな作品となりました。
だから、最後にこの言葉を。
ありがとう、『海賊戦隊ゴーカイジャー』。
そしてまたいつか。