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『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』(石持浅海)、感想


中高一貫の名門高校、碩得横浜女子高等学校の特進クラスに新学期した上杉小春は、新学期、一般入試で入学してきた、碓氷優佳という少女と出会う。古風な瓜実顔の美少女は、穏やかな雰囲気とは裏腹に抜群の頭脳の持ち主で、小春は驚きとともに彼女と交友を深めていく。親友となる二人、教室で生まれ続ける様々な小さな謎……少女達の3年間を描く、青春ミステリー。
作者の大傑作『扉は閉ざされたまま』の探偵役であり、以後2作品(『君の望む死に方』『彼女が追ってくる』)でも探偵役を務めた、碓氷優佳の高校時代を描く、連作短編。
実に良かった。
とても良かった。
どのぐらい良かったかというと、今作を読んでいる途中で一度、『扉は閉ざされたまま』を読み始め、また今作に戻り、読了後に『彼女が追ってくる』を読み、再び今作を読み、更にもう一度読み直してしまうぐらい、良かった。
学園に広がる赤信号にまつわる言い伝え、夏休みを境に成績が急上昇した友人の恋路の秘密、いつも手を繋いでる級友二人の隠された真実……と、いわゆる“日常の謎”もので、些細な謎の裏側を、その怜悧な頭脳で碓氷優佳が解き明かしていく、という構造。
語り手は優佳の親友となる、活発でお節介焼きの同級生、上杉小春。高校1年生の春、小春と優佳の出会いに始まり、連作形式の中で級友達と3年間の様々な出来事が綴られます。
一応、巻頭の<著者のことば>で、「(碓氷優佳を)知らない方は、ごく普通の学園日常の謎ミステリですので、安心してお読みください」とあり、未読でも読めるような内容にはなっておりますが、基本的にはシリーズ既読の方が良いかと思います。特に最終話は、少なくとも『扉は閉ざされたまま』を読んでいてこそ、という話。
それぞれ独立した短編ですが、連作短編としての仕掛けも盛り込まれており、それが一本の線に繋がる最終話はお見事。鮮やかに“碓氷優佳の物語”として収まり、ファンとしては大満足の出来。
私、碓氷優佳が大好きなので、上述の評価は多少割り引いて読んでいただきたいですが、碓氷優佳ファンには、諸手をあげてお勧めいたします。
久々に、読後感を何度も反芻してしまった作品。
短所をあげると、主に優佳の言葉遣いにやや統一性が欠ける事。基本、3ヶ月に1本、という連載形式及び、もともと成人女性として造形していたキャラクターを若返らせた影響かと思うのですが、女子高生・碓氷優佳の喋り方が、作者の中で統一しきれなかったのかな、という部分が幾つかあります。“大人”と“子供”と“友人同士の会話”の中で、どんな台詞回しを選択するか、作者の中に少し悩みがあったような、というか。
また、語り手の人物評がやや雑なのは、これは好みの問題ですが、人によっては気になるかも。
それが小説の中で巧く機能しているというよりは、作者がそこは楽しているだけ、という感がありますし。作者は一時期、連載ものの短編中心になってから描写の雑さが目立って気になる頃があったのですが、それに比べて改善されてきてはおりますが。
そういった幾つか気になる点はありましたが、全て補ってあまりある、最終話とそのラストは絶品。
今後、碓氷優佳を探偵役とした作品が書かれるかはわかりませんが、今作で背景情報が増えた事により書けるネタもあるでしょうし、いつかまた、再会を期待したい所です。
個人的には、優佳と(未来の)夫が遭遇した事件についてディスカッションし、夫が真実に辿り着くが、優佳が自分の好きなように結末をねじ曲げてしまう、という阿鼻叫喚の夫婦探偵シリーズが連作短編で読みたいのですが(笑)
以下少々、ネタバレ込みの感想。



ここからやや本編内容に触れます。
触れるというほど触れるわけではないのですが、仕掛けが仕掛けだけに、凄くまた、感想が書きにくい。
つまりまあ、途中まで読んだ時点で、「舞台が女子校で、主人公達が女子高生という事で、読後感の優しい話が多い」みたいな感想を抱いていたわけなのですが……はい、見事に騙されました。
1話はこう、「あー、碓氷優佳ものだから、やはりちょっとえぐみがあるのね」と思わせておいて、2話以降は爽やか柔らかめ。特に、意識して結末を綺麗に描く事で、読後感の良さを演出。
まあ、こういうのもありか……と、思っていました。
ところが最終話一つ前、「災い転じて」で、確かに綺麗なオチなのだけど、引っかかる部分が残る。
そしてその引っかかりは最終話「優佳と、わたしの未来」でむしろ拡大する。
何か様子がおかしくなってきたぞ……と感じてきた所で、そのもやもやが取り払われた時、ここまでの物語で隠されていた糸が繋がり、主人公は一つの真実に到達する。
ここで巧いのは、若干えぐみのある1話は、表向き上杉姉が非常にタチの悪い人として描かれており、碓氷優佳の暗黒面を巧くカモフラージュしている事。後年の碓氷優佳を知っている読者でさえ(であるからこそ?)、あの対比構造を取り込まれた事により、この当時はそうでもなかったのかな? と思ってしまう、思わされてしまう。
見事に、引っかけられました。

なんということだ。友人を見捨て、見捨てていることにすら気づかない人間を、わたしは三年間も親友だと思っていたのか。
実に、碓氷優佳ものらしいホラー。
もし自分(小春)が困っていた時、優佳は恐らく全てを理解するだろう。理解した上で、しかし自発的に助けようとはしないだろう。何故ならそこには善意も悪意もなく、ただ自覚無き無関心だけがある、というこの恐怖。
優佳に強く関心を寄せている小春だからこそ、相手の空虚、自分が寄せる思いに対する反響の無さがより恐ろしい。そこで小春は『切れ者』の一端に触れ、はからずも同じ選択肢を選び――
そして、「わたしたちが少女と呼ばれていた頃」は終わりを告げる。
ここまでの各話で最後の一言に気を遣ってきたからこそ、ラストの小春の台詞が実に鮮烈。
お見事。
全て読み終わった後に表紙に戻ると、帯にも一仕掛け。多分この台詞、本編中には存在しない筈。
さて、こうなると一つ気になってくるのは、碓氷優佳はいつ自分の本質に気付いたのか? という事。
『扉は閉ざされたまま』において優佳は、高校時代に告白を断られた時には気付いていなかった自分の性質を正確に把握した、と伏見に告げています。そして今作を読む限りでは、高校時代の3年間にはそれに気付かぬまま過ごしている。
それから7年の間のどこで、優佳は己の本質を自覚したのか。何か、きっかけになるような事件があったのか。かなり露骨なミッシングリンクとはなったので、作者に構想があるのならば、読んでみたい気はします。
……ただ、優佳が伏見さん以外といちゃいちゃするのはなんか嫌なので、男がらみじゃないといいなぁ(笑)