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『重力が衰えるとき』&『太陽の炎』(G・A・エフィンジャー)、感想


電脳ソケットに装着する事で、別人になりきりその性質と技能を得る事が出来る人格モジュール――モディーと、一時的知識を与えてくれるアドオン――ダディー。脳改造が一般化し、人々はモジュール一つで自分のものではない性質と技能を得られるようになっていた。そんな風潮に背を向けて、かたくなに自分の脳細胞と度胸で世間を渡り歩こうとする一匹狼マリードは、ある日ロシア人の男から行方不明の息子の捜索を依頼されるが、依頼人が目の前で殺害されてしまう。身辺が血なまぐさくなっていく中、マリードは都市の顔役から、事件の調査を命じられる……。
近未来のイスラム圏、人格改造と性転換、ドラッグと暴力がはびこる危険な街ブーダイーンを舞台にした、サイバーパンクハードボイルド。
最大の特徴はなんといっても、物語の舞台がイスラム圏である事。主人公は敬虔なイスラム教徒ではないものの、イスラムの教えには敬意を持って接し、全編に散りばめられたイスラムの作法と、それと対照的な脳や肉体の改造、伝統と背徳と科学の融合が独特の雰囲気を練り上げています。
SFとしての特色は、人格モジュール・モディー。脳に繋がる皮質ソケットにモディーをはめこむ事により、使用者はその中に収められてた人格になりきり、その能力を得られます。また、追加スキルセットとも言えるダディーを使えば、例えば一言も喋れない英語を喋れるようになったりと、一時的な知識を付加。人間の能力を引き上げられるこれらの電脳の産物――を、しかし主人公マリードは使わない。
冒頭のエピグラフレイモンド・チャンドラー作品から引用があり、主人公のマリードは明らかにフィリップ・マーロウの系譜として描かれているのですが、これにより主人公を“卑しい街を行く高潔なる騎士”としてハードボイルドの位置に置いた基本構造が巧み。
そんなマリードが容疑者として追うのは、“ジェイムス・ボンド”のモディーをつけた男。途中ではネロ・ウルフアメリカで人気のある安楽椅子探偵)のモディーも登場し、殺伐として猥雑ながら、ところどころのユーモアの入り具合も秀逸。
1987年に創造された近未来社会という事で、脳科学が非常に進歩している割に、何かある度にベルトにつけた電話で連絡を取るのは、今読むとちょっと面白い所。また、コンピューターネットワーク関係はあまり進んでおらず、80年代サイバーパンクなガジェットを取り込みつつも、ネットワークでの外への繋がりよりも、インナースペース(内宇宙)との対話がキーになっているのも、一つ特色か。
よく構築された世界観と、活き活きとしたキャラクターが噛み合い、秀作でした。
『太陽の炎』は、その続編。
『重力が衰えるとき』が面白かったので期待して読んだのですが、こちらは肩すかし。
執筆中にシリーズ化の契約が決まった影響があったようなのですが、様々な要素が中途半端ですっきり片付かず、いかにも続き物の途中のエピソードとなってしまっており、単独で楽しむには厳しい出来。核心の謎解きも、強引にお茶を濁した感じですし。なにより、前作ではまがりなりにも格好良かった主人公が、金と権力と電脳に屈して腑抜けとなり、ある事件をきっかけに再び格好良くなり……かけた所で終わってしまったのは爽快感が大幅に不足しました。
シリーズ物の意図が入った事で主人公の変遷をじっくり描く形になった為、変化をおよぼしたいくつかのガジェットが、この物語の中では落着を見ない、というのも半端なところ。シリーズ物の途中として読めばそう悪くないかもしれませんが、翻訳物でままある、読み終えてみたらシリーズの途中だった、という感じなので、ちょっと残念(^^;
『重力が衰えるとき』の方は1冊で綺麗に終わっていて面白いので、こちらはお薦め。