◇『双頭の悪魔』(有栖川有栖)
江神シリーズ第3弾。一癖ある村人達、鉄砲水で生まれたクローズド・サークル、そこで起きる殺人事件……と古典の興趣を詰め込んで真っ正面から描こうとする作品ですが、探偵役である江神と、一方の語り手であるアリスとが分断される、というのが一ひねり。
四国山中の奥深くにある、木更村。“兜町の荒馬”と異名を取った相場師・木更勝義が引退後に過疎地の廃村を買い取ったその地は、多方面の芸術に関心を寄せる勝義の援助により製作に没頭する、選ばれた芸術家の為のコミュニティとなっていた。隣村とも交流がなく、最低限の買い出し程度にしか外と接しない閉鎖的なその村に、幾つかの偶然の連鎖からマリアが入り込んだまま、戻ってこなくなってしまう。
マリアの父から娘を連れ戻してくれるようにと依頼を受け、勇躍四国へと向かった英都大学推理小説研究会の面々だが、噂以上に閉鎖的で頑迷な村人は、4人をマリアに会わせてさえくれない。やむにやまれず夜間の大雨に紛れて村へと強行突入を決行し、江神一人がマリアとの接触に成功するが、翌日、村と外界を結ぶ橋が大雨による鉄砲水で崩壊。二つの村が孤立してしまった状況で、二つの殺人事件が発生する――。
アリスとマリア、二つの視点で語られる物語の謎が積み重なっていくのがサスペンスを増して、なかなか面白かったです。
一方で、有栖川有栖の書く物語というのは、“論理によって地に足を付ける”事をこそ美しい着地としていて、私が求めているものはそちら側にはないのかも、とも思わされる作品でした。
恐らく私が最も好むのは、論理による着地と、物語による飛翔なのですが、有栖川作品においては恐らく、そこが不可分であるのだなと。
文章の読みやすさやキャラクター描写の巧さ、エログロに対する抑制など、作風としては好きながら有栖川作品にはまりきれないのは、その一点の違いなのであろうと発見。
◇『女王国の城』(有栖川有栖)
江神シリーズ第4弾。木更村の事件から半年が経ち、四回生となった望月・織田は就職活動の真っ最中。大学生活8年目を迎えた江神もいよいよ翌年の卒業を余儀なくされ、各人が節目を迎えつつある中で宗教都市での事件に巻き込まれる事に。
数年の間に大きく勢力を拡大した新興宗教団体<人類協会>。宇宙からの来訪者の再来を待ちわびるこの教団のお膝元、神倉に向かった江神の身を案じ、住人の9割が教会の関係者だという一種の宗教都市へと向かう英都大学推理小説研究会の4人。その地で10年前に起きたという迷宮入り事件にも興味を引かれつつ、教団本部を訪れた一行だが、まるで半年前の繰り返しのように、不可解な門前払いを受けてしまう。いったい江神はなんの為にこの地を訪れ、現在どんな状況にあるのか? 表向きフレンドリーだがガードの堅い教団の門を、どうにかこじあけようと考える4人だが、事態は思わぬ方向に転がり出し――。
このシリーズのシチュエーションは、古典本格の趣向としてのクローズド・サークルを成立させる為の舞台装置という意味合いが強いのですが、キャラクターの歳を取らせながら4作続けてくる事で、事件の舞台と大学という箱庭の意味づけが重なってくる、というのがまず秀逸。
その上で、「過去」と「現在」、「内」と「外」、幾つかの謎が非常に明確に提示され、あれとこれとは繋がるのだろうけど、果たしてどう繋がるのか、というのを読者にたっぷり考えさせた上で、探偵役が余すところなくその糸をすくい上げて鮮やかに事件の真相に辿り着くのがお見事で、非常に完成度の高い作品でした。面白かったです。
ラストのやり取りも非常に洒落ていて良かった。
シリーズ第1作『月光ゲーム』から20年、当初は重なり合っていた劇中の年代と現実の年代にもだいぶギャップが生まれて今作劇中では1990年なのですが、作者もだいぶ開き直ったのか、バブル経済への不安や、「インターネットって何?」などが随所に織り込まれているのは妙に面白かったり。
シリーズは全5作で完結予定との事ですが、第3作〜第4作の間に約15年。そして今作の刊行から既に約10年。今頃になって読んでなんですが、第5作の刊行を、楽しみに待ちたいと思います。
◇『殺し屋、やってます。』(石持浅海)
表の顔は経営コンサルタント、裏の顔は殺し屋、依頼料は1件650万円。依頼人にも動機にも全く興味は無く、下調べの結果、標的の実在が確認出来れば仕事を引き受け、2週間以内に仕事を実行。そんなプロの殺し屋が、標的を調査する内に出会った不思議な事柄に首をひねってその裏をあぶりだす連作短編集。
職業的殺し屋が探偵役で、依頼中に出会った不可解な事象の謎を解く――という設定の面白さでかなり期待して読んだのですが、期待外れとは言わないまでも、切れ味はもう一つ。主人公の、殺し屋としての独特の思考方法が特殊状況の謎を解く、という構造もしっかりしているのですが、設定が面白すぎた感。
石持作品はあまり、短編集第2弾や長編への拡張というパターンがありませんが、設定が面白いだけに、なんらかの形でもう一跳ねしないかなぁ。
◇『真実の10メートル手前』(米澤穂信)
フリー記者・太刀洗万智が向かい合う事件を描いた短編集。
キャラクター小説としての<古典部>シリーズは好きで、『クドリャフカの順番』と『遠回りする雛』は面白かったのですが、全体としてはどうも肌に合わない感じがある……というのが米澤作品との距離感だったのですが、どうやら米澤さんの、苦い物を苦い物として見せつけてくる作風が苦手なのだな、と今作を読んで納得。