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『激走戦隊カーレンジャー』感想38

◆第47話「当たって砕けろ!?決死の宇宙ドライブ」◆ (監督:渡辺勝也 脚本:浦沢義雄
ワンパーの一斉射撃から辛うじて逃れてペガサスへと逃げ込む恭介達だが、その背後に迫るボーゾック。「一般市民」としての領域に悪の組織が侵入し、戦いの中で負傷した恭介のこぼした血が、ナンバープレートの上に飛び散る、というのが好演出。
建築基準法違反の秘密基地まで突入してきたボーゾックは時限爆弾を仕掛けると撤収し、宇宙暴走族としての本領を発揮するボーゾックの容赦ない追い込みにより、慌てふためく恭介達もろとも、カーレンジャー基地、大・爆・発。
最終回手前での秘密基地壊滅はよくあるイベントですが、ペガサス社屋は物凄い貰い事故(笑)
現場検証で時限爆弾のものらしきパーツとか、地球には存在しない金属の破片とか見つかっても、無事に保険金が降りるか心配です。
爆発跡に辿り着いた市太郎とシグナルマンは、血の跡が残るナンバープレートを発見。
カーレンジャー! カーレンジャー!」
「本官の……本官の許可なく力尽きてはいかん!」
降りしきる雨の中、二人の叫びが空しく響き渡り……前回ラストからここまで、ぐっとシリアスに盛り上げてきます。
一方、意気揚々とガイナモたちが宇宙酒場に戻ると、何故かそこはゴミだらけ。
「今日からバリバリアンは、宇宙のゴミ捨て場となったのだ」
「な、なんだとぉっ?!」
カーレンジャーが居なくなった今、もはやボーゾックに用はない」
手間の掛かる道具だったボーゾックを、さっくりと切り捨てるエグゾス。ここで最後までボーゾックを懐柔してロマンのおこぼれを与える度量があれば、東映ヒーロー物史上屈指の悪役としてミッションコンプリートに肉薄する可能性もあっただけに、最後の詰めで酷薄さが勝ってしまったのが(それこそが、悪は悪の性質ゆえに負ける、という事であるのですが)、惜しまれます。
「俺たちを、ゴミと一緒にするなーーっ!」
「お前達はゴミだ」
事ここに至って口うるさいスポンサーに反抗するボーゾックであったが、一片の容赦もなく燃えるゴミにされてしまう。
「ゴミの再利用をしてやる。そのままチーキュに突っ込み、燃え上がる、炎のエネルギーでチーキュを、花火にしてこい! ふはははははは」
エグゾスは巨大な火の玉と化したバリバリアンを地球目がけて突っ込ませ、洒落の掛かった台詞が、物凄くえぐいです。
迫り来る破滅の恐怖にまだ気付かぬ地球では雨が上がり、5人を探し続ける市太郎とシグナルマン。市太郎が父の会社の社員達を慕っている描写は端々に存在していたので、5人を心配する市太郎が感情移入のフックとして巧く機能。同時に、カーレンジャーを心配しつつ警官として緊急事態に対応できるシグナルマン、というのが良いバランス。
その本官が地下への通路を発見して二人で降りていくと、更にその地下から、VRVマスターに先導された恭介達が、無事な姿を見せる。
「それにしても、こんな酷い爆発でよく助かったなー!」
「正義は、よく、助かるもんだ」
いわゆる一つのご都合主義を、台詞にパッケージングしてしまう事で、さも世界の法則のように扱ってしまうという、ズルいけど巧いけどズルいけど面白い(笑)
VRVマスターは、「こんなこともあろうかと」ダップの冬眠中に非常用の地下室を作っていたのだと説明する、安定のろくでなし。登場タイミングを考えると、その地下室にこもって息子達の行動を監視していた江戸川乱歩の世界だと思われるのですが。
「我々は、暴走皇帝エグゾスの企みで、故郷を花火にされた、ハザード星の生き残りだ」
そして倒すべき敵は実行犯のボーゾックではなくそれを煽動したエグゾスであると、仇敵をさりげなくすり替え。この点に関しては、生き残りであるマスターとダップがそれを認めるならば外野がくどくど言う事ではなくなりますが、ボーゾックに対するダップの心情の変遷が描かれず仕舞いだったのは、残念。
VRVマスターはクルマジックパワー消失の原因について説明するが、そこへ迫り来る、行けアクシズ忌まわしい記憶とともに、じゃなかった、巨大な燃えるゴミことバリバリアン。
カーレンジャー、出動ダップ!」
いつもの調子で腕を振り上げるダップだが、5人の表情は暗い。
カーレンジャーに変身できない俺たちに、どうやって戦えっていうんだ」
「恭介……」
「クルマジックパワーを失ったわたくし達は、ただの一般市民でございます」
「そうやん……勝てる見込み、ないやろ?」
「それに……正義の為に戦うなんて、あたし達には、向いてなかったのかも」
「もうダメだよ。後あたしに出来るのは泣くことぐらいしか無いみたい」
力を、基地を、職場を失い、ヒーローとしても一般市民としても絶望してしまう5人。
「勇気を失った者に、戦う資格は無い! チーキュは、本官が守ってみせる!」
ただ一人立ち上がった本官は核の冬を食い止めようとサイレンダーにバリバリアンで立ち向かい、サイコフレームが内臓されていなかったので押し返す事はできなかったものの、衝突の速度を緩める事にはなんとか成功。内部のボーゾック達も消火してから脱出し、結果として地球は花火になる事を回避する。
「なぜチーキュは花火にならん?! こうなれば、余が自らチーキュに行って、花火にしてくれる」
地球で成り行きから本官とボーゾックが激突する中、夢の実現まであと一歩となり居ても立ってもいられないエグゾスは、とうとう自ら出馬。
そして動けぬ恭介達は、市太郎の視線から目を逸らしていた。
「そんな目で、俺たちを見るなよ」
ここに来て、素晴らしい負け犬モードです(笑)
カーレンジャーはもういない。でも、僕の心にカーレンジャーは今も生きている」
そんな5人に向けて、市太郎はスケッチブックのイラストを広げてみせる。
「心に……「「「「カーレンジャー」」」」」
「その意味は、深そうで、重そうで、難しいダップ」
「心に、カーレンジャー……」
恭介達は銘々がこれまでの戦いを思い返し、5人それぞれ、自分が最高に格好良かった時という事か、メイン回でのキレのいいアクションが回想に用いられており、改めて意外と肉弾戦の格好いいカーレンジャー。そして温泉怪人のやられ様が、えっぐい。
「そうだ……俺たちはカーレンジャーに変身できなくても、心はカーレンジャーなんだ!」
「「「「うん」」」」
クリスマス決戦編において、カーレンジャーとは心の中の「一般市民」を失わない「ヒーロー」であると描かれましたが、ならば裏を返せば、力なき「一般市民」の心の中にも、「ヒーロー」は存在しているのだと、くるっと着地。
夢の力、クルマジックパワーとは、自分の中の理想(ヒーロー)へアクセスする為の、“きっかけ”といえるのかもしれず、シンボルとしてはカーレンジャーという姿を取りながらも、誰の心の中にもヒーローは存在しえると普遍的な形へ鮮やかな展開。
また、数奇な天の配剤によりクルマジックパワーを得た5人が、100万年に一度の星の巡りでその力を失った時、自ら立ち上がる事で“運命を乗り越える”という要素が盛り込まれているのは、個人的に好み。
「「「「「心は、カーレンジャー……心は、カーレンジャー」」」」」」
5人は声を揃えて自己暗示を繰り返し、ぬはははは、脳内クルマジックパワーが、ハートに、溜まってきただろう!
多勢に無勢をものともせず、ボーゾックを相手に大立ち回りを繰り広げるシグナルマンの元へ、駆けつける5人。
「「「「「待て!」」」」」
「お! カーレンジャー!」
「お前達まだ生きていたのか?」
「俺たちは、カーレンジャーには変身できねぇけどな!」
それでも、心の中に「ヒーロー」が居る限り、「一般市民」だって、何度でも立ち上がれる――!
「「「「「戦う交通安全! 激走戦隊、心は、カーーーレンジャー!」」」」」
5人が生身で揃い踏みポーズを決めたところに挿入歌のイントロが重ねられ、5人それぞれの決意の表情をズームアップで見せ、親指をびしっと立てた決めポーズが、自分自身(の心)を指さしているようにも見えて絶妙にはまり、やたらな格好良さに。
また猿顔の一般市民さんは、正面から決め顔のアップに耐えられるのが、良いレッドだな、と改めて。
いっけん本家本元がヒーロー物を面白おかしくパロディしているように見えて、その実、誰の心にもあるヒーローを否定しないという今作の姿勢がここに美しく結実しました。
とても好きなシーンです。
「心は、カーーーレンジャー、なんだそれ?」
「なんでもいい!」
脳内クルマジックパワーがガンギマリ気味で、少々ヤバい事にはなっていますが!
「シグナルマン! ここは俺たちに任せろ!」
5人は生身で突撃し、キムチ回で使われた挿入歌をバックに構成員軍団と激しく戦闘。
「あいつら……気持ちだけで戦っている」
先ほど、最高に格好いい表情を見せた恭介は構成員に締め上げられて今度は変顔を披露し、サービス満点です(笑)
だが心はカーレンジャーでも力は一般市民、5人+1は徐々に追い詰められてしまう。
「へへへへ、お遊びは、ここまでだ。俺たちボーゾックの、本当の力を見せてやる」
ラスト間際にして合体光線を放つボーゾック3幹部だが、それが何故か反射して自爆。危機に陥ったカーレンジャーを助けたのはなんと、マジカルプリンセスゾンネット。
「ゾンネットー!」
「あなた方は、戦う相手を、間違えています」
ゾンネットに諭されたガイナモは、エグゾスに燃えるゴミ扱いされていた事を思い出す。……というか、忘れていたのか(笑)
「そうだ、俺たちボーゾックの真の敵は、エグゾスだ!」
「エグゾスだ!」「エグゾスだ!」
おい(笑)
「えー……心は、カーーレンジャーの皆さん、及びシグナルマンさん、突然の事で、驚きでしょうが、今日から、君たちとは、お友達です」
「昨日の敵は、今日の友達。そこんとこよろしく」
「嘘だろ……」
つい30秒ほど前まで皆殺し寸前だった状況からの急展開にさすがの5人+1も茫然自失。
カーレンジャー! 気持ちはわかるけど、ボーゾックと手を組んで、エグゾスを倒して」
巨悪を前に一致団結、というのはある種の定番も、ボーゾックの豹変ぶりはカーレンジャーならずとも呆然としますが、とにかく頭が悪い、という力技で押し通す電車道。また、第45話で一抜けしたゾンネットがそのまま卒業してしまうのではなく、ここで両者の橋渡しになる、というのは位置づけが巧く収まり、感情面での納得しづらさを、構成の美で押し切りにかかります(^^;
「ね、お願い!」
そして最後の一押しは、ゾンネットから恭介への頬に口づけ。
「うぉぉぉぉぉ! よっしゃぁ! みんなで協力して、エグゾスを倒すんだぁ!!」
おい(笑)
カーレンジャーのリーダーが完全に女の色香に狂っていますが、ボーゾックが地球にやってきた原因もゾンネットですし、最初から最後まで、ゾンネットが男達の鼻面を握って振り回す物語だと考えると、一貫性はあります(笑)
「おいちょっと、待て待て!」
一応ツッコむ実えらい。
「俺たちがエグゾスを倒し、この手でクルマジックパワーを取り戻さなくてはいけないんだ!」
恭介達はバリバリアンを使ってエグゾスへ特攻を仕掛ける事を決意し、成り行きの中で恭介がガイナモの顔面にパンチを入れるのが、地球代表として、けじめになっているといえば、なっているのか。
……カーレンジャー専守防衛とはいえ次々とボーゾック怪人を抹殺してきたわけで、ある意味では、本気で殺し合いをしていたからこそ、和平が成立する、とはいえるのかも(^^;
スーパーメカニック菜摘により再起動したバリバリアンは5人を乗せて大気圏を離脱し、一方、エグゾスは哄笑しながら地球に迫っていた、でつづく。
……酷いサブタイトル詐欺だ(笑)
クリスマス編を踏まえた上で、激走戦隊カーレンジャーとは如何なるヒーローなのかが完成を見せ、そこから誰の心の中にもヒーローが居る、と広げてきたのは今作の着地点としてお見事。
また、公僕ヒーローであるシグナルマンが、土壇場で「勇気を失った者に、戦う資格は無い!」と、法や家族を守るのとは別の、シグナルマン個人の気持ちを見せた上で、雑に扱われずにしっかりとした見せ場があったのも良かったです。
次回――最終回、「「「「「カーレンジャーが終わっても、交通ルールを守ろうね!」」」」」。


◆第48話「いつまでも交通安全!!」◆ (監督:渡辺勝也 脚本:浦沢義雄
「チーキュを花火にして、余の夢である悪の大宇宙ハイウェイ計画を、完成させてみせる」
遂に自らその手を下さんとする暴走皇帝エグゾスの土手っ腹に、地球からのカウンターで突き刺さるバリバリアン大爆発! にサブタイトルがかかってスタート。
「心はカーレンジャーが、命を懸けて、チーキュを守ったのか……」
いい話にまとめつつ良くも悪くも単純なので涙にくれるボーゾックだったが、そこに墜落してきたバリバリアンから、カーレンジャー復活。
「「「「「戦う交通安全、激走戦隊・カーーーレンジャー!」」」」」
エグゾスの土手っ腹に風穴を開ける事で、5人は見事に、封印されていたクルマジックパワーを解放したのであった!
「俺たちはエグゾスに勝ったんだ!」
だがその時……
「そう簡単にこの暴走皇帝エグゾスがやられると思っていたのか!! 愚か者ども!!」
紅い稲妻が虚空に迸り、ローブを脱いだ巨大なエグゾスが地表に姿を見せる!
「暴走皇帝エグゾス……なんてやつだ!」
「全宇宙に散らばる邪悪なパワーを結集させ、余は、エグゾススーパーストロングとして、甦った!」
あ、一度死んだ事は死んだんだ(笑)
エグゾススーパーストロングはローブを脱ぎ捨てた事で、悪あがきではない恐るべき暴走皇帝の脅威、という印象が強くなったのは良かったところ。また、どちらかというと文系イメージだったエグゾスが、決戦においてモデルチェンジを見せる、というのが純粋に格好良くなりました。
「よーし、今度こそ俺の見せ場だ」
総長の気合いを見せたガイナモは自ら芋羊羹を食べて巨大化……するが、あっという間に腹痛を起こして元の大きさに戻ってしまう。グラッチの手元にあった芋長の芋羊羹は、昨年末に賞味期限切れしていたのだ!
「あー……やっぱり俺たちの出番だ、行くぞ!」
ガイナモを思い切り蹴り飛ばすゾンネットにちょっぴり動揺しつつ、VRVロボ出動。皆の声援を受けながらエグゾスSSと戦うが、エグゾスSSに必殺Vツイスターを反射され、暴走サーベルの一撃により土手っ腹に風穴を開け返されてしまう。かくなる上はとレッドは玉砕を提案し、逃げ出そうとするメンバー。
「待ってくれ! みんな、最後まで、最後まで、リーダーの俺を信じてくれ! エグゾスを倒せるのは、宇宙の平和を守れるのは、俺たちだけなんだ! ……どんな嵐の日でも、雲の向こうで、いつも太陽は、青い空に輝いているんだ」
必殺《俺は既にいい事を言った! このカーーーーーレッドが!(びしっ)》
「そやな……そやな! 俺たちはカーレンジャーや! リーダーのおまえを信じてやらなあかんわな!」
「やる時はやらなきゃね!」
「うん、最後の最後まで、諦めてはいけないのでございますね!」
「よーし、こうなったら、行くわよみんな!」
4人の反応にOPイントロを被せ、歌の入りと共に、満身創痍のVRVロボ、突撃。


きらり きらら 星が 導く運命なら
あんな こんな どんな ピンチもくじけない
バルル ビルル ブルル たまにビビルけど
愛があれば大丈夫

「悪あがきしても無駄だぁ」
「まだまだぁ!!」

ボーイ 気取ってばかり いたってダメだよ
自分にもある 弱さを知れば ほんとのヒーロー
(レッツゴー!)

「みんな……!」
カーレンジャー!」
カーレンジャー、頑張れぇー!」
かつての敵味方を乗り越えた声援を受け、暴走光線をものともせずに迫り来る死兵に動揺するエグゾスSSにがっちり組み付いたVRVロボは盛大に自爆し、5人はダップの呼んだレンジャービークルに飛び移って脱出。
「やったか?!」
だが、爆炎が晴れるとエグゾスSS未だ健在、でアイキャッチなしでBパートへ突入。
「ふははは、言った筈だ。このエグゾスは簡単にはやられんと」
豊富な資金・事細かなマネジメント・まめな作戦計画、と個人的にロマン系悪役としてかなり気に入ったエグゾスですが、最終回にして戦闘力の面でも脅威的な力を見せつけ、更なる評価アップ。
前半の“ギャグの中に怖さを秘めている”ボーゾックもですが、今作は縦横無尽にギャグを張り巡らせながらも、“脅威となる悪”の描写は一貫してしっかりしているのが、作品全体を引き締めた大きな要因だと思います。
レンジャービークルをそのままRVロボに合体させたカーレンジャーは、超激走スピンで再びエグゾスSSの土手っ腹に風穴を開けるが、それもまた、再生されてしまう。
「何をやっても無駄だ。全宇宙の邪悪なパワーを結集させて、甦った余には、クルマジックパワーなど効かぬ。余は無敵なのだ。あーはははははは、はははは!!」
圧倒的邪悪のパワーの前にRVロボも倒れ、絶望と共に地球が花火と化すかと思われたその時――
「いったいどうすりゃいいんだ……あー、そうだ!!」
突然何かを閃いたガイナモがグラッチから芋羊羹を奪うと、RVロボにトドメを刺そうとするエグゾスの口の中に、会心の遠投で芋羊羹を放り込む!
ごっくん。
「腹が、腹がぁぁぁぁぁぁ!!」
おい(笑)
前回を超える呆然を用意しなくてはならない、という職人魂を感じる、まさかの芋長の芋羊羹がクリティカルヒット!!
ここでエグゾスに向けてダッシュするガイナモの姿は、やたら格好良かったですが(笑)
エグゾスSSが苦しんでいる間にカーレンジャーは半壊したRVロボから脱出し、弱体化したエグゾスはローブ姿で人間大の大きさに戻ってしまう。
「全宇宙の邪悪なパワーを結集して甦った最強のラスボスが、賞味期限切れの芋羊羹を食べた事で腹痛を起こして弱る」と文字情報にするとふざけているとしか思えないのですが、「侵略者に悪用され続けてきた芋羊羹が、最後の最後で真の巨悪への正義の鉄槌となる」と考えると、物語世界での一貫性は取れている気がする『カーレン』マジック(笑)
以前タイキさんに、「(第39話において)今回扱われた菜摘のスパナって実はボーゾックの芋羊羹と対比になってるんですよね」「力それ自体に善悪があるのではなく力の使い手の意思次第で善悪が決まる、という意味での善悪の相対化もあるのではないか?と思いました。」という成る程と思うコメントをいただきましたが、夢の力であるクルマジックパワーで戦うヒーローの最後の敵が、自分の夢に執着する存在であった事を考えると、最後の最後で、「道具」がその意味を逆転する(エグゾスは力を失い、小型化してしてまう)というのも、侮りがたい『カーレンジャー』としての一貫性を感じます。
作劇としては、突発的に転向したボーゾックがラスボスの撃破に一役買う事で印象をプラスに近付けようとしているのですが、その行動が自己犠牲などではなく、芋羊羹の投擲、という腰砕け(なのにクリティカル)ぶりが、もう仕方がない、と思わせるのが今作の徹底したバランスといえます。好き嫌いも納得できるかも当然分かれるでしょうが、徹底しているのが凄い。
「おのれぇ……悪の大宇宙ハイウェイを完成させるまでは、なんとしても、生き続けてやるぅぅ」
「今度こそ最後だ!」
……強大な力を持った極悪人とはいえ、腹痛に苦しむマントの紳士を袋だたきにするという、いわくいいがたい構図になっていますが(笑) ……まあ、「死ねーーー!!」とか言いながらビーム撃ってくるので正当防衛です。
「宇宙の平和は! 俺たち!」
「「「「「カーレンジャーが守る!!」」」」」
暴走ビームをくぐり抜けたカーレンジャーは、最後にギガブースター……という事は無く、合体突撃技・カーレンジャークルマジックアタック! でフィニッシュ。
(正確さは保証できませんが、過去の感想を確認した限り、ギガブースターの使用は第35話が最後?(^^;)
「悪の大宇宙ハイウェイ計画がーーー!!」
モザイクのかかったエグゾスは宇宙空間へと吹き飛ばされ、その崩壊とともに悪の大宇宙ハイウェイも消滅。既に肉体を失って邪悪なエネルギー生命体となっていた所に、膨大な正義のクルマジックパワーを叩き込まれて、存在を保てなくなった、というところでしょうか。
終盤からの登場ですが、台詞回しのインパクトに頭脳もともない、非常に良い悪役でした。いくら構成の妙で誤魔化そうとしても、エグゾスが納得できる悪の黒幕でなければ事の元凶としての責任の付け替えが成立しなかったので、そういう点でも良く出来たラスボスであったと思います。
「――こうして、宇宙の平和は、守られた」
恭介のモノローグが入って時間は飛んで、ボーゾックも交えて宇宙の平和を守った祝賀パーティが開かれ、一同は和気藹々。結局、ダップがボーゾックにどう向き合うのか、はしっかり描かれずになし崩しになってしまったのは残念でしたが、作風として重くなりすぎるという判断でしょうか。
復讐者としての戦士の狂気から、恭介達との交流を通じて救済されたダップが、テロの連鎖を断ち切る決断をする、というのは着地としては納得できない事はないので、過程が省略されたのが惜しい。
ちなみに今作のちょうど10年前の『超新星フラッシュマン』において、ダップと近い境遇にあった戦隊メンバーがテロの連鎖を乗り越えるというエピソードが描かれており(脚本:曽田博久)、脚本会議において曽田さんからそういうアイデアが出たなんて事もあったのかもなーなどと勝手な妄想を広げると、個人的になんとなく納得しやすさが上がる所なのです(高寺さんが把握していたという可能性もありそうですし)。
「その後、シグナルマンはポリス星へ帰り、警部補昇級試験目指して、猛勉強しているらしい」
シグエとシグタロウもちらっと登場。
「ガイナモは、ボーゾックを解散して地球に残り、焼き肉店に就職した」
総長、無事、真人間に(笑)
ギリギリまで凶悪さを見せつつも、最終的にはころっと転向してしまったガイナモですが、結局のところ、ゾンネットに出会ってしまった時点で骨抜きにされていたのだなぁ……と、げに恐ろしきは、ゾンネット粒子。
「ゼルモダとグラッチは学問に目覚め、義務教育をやり直す為に、小学校に入った」
激しく胴体着陸気味だったボーゾックの始末ですが、“自分たちの行動の結果、起こりうる他者の痛みを想像できない悪”であったボーゾックが、どうすれば想像力を持てるのか、という時にその手段は「教育」ではないのか、というのは納得できる着地。
「その他のボーゾック達は、芸能プロダクションを作り、本格的ミュージカルスターを目指した」
なぜ(笑)
「ゾンネットは……ファンベル星で毎日見合いをしているそうだ」
「こんな馬面嫌い!」
「お姉ちゃーん」
「豚鼻も嫌!」
「お姉ちゃん! もーーー!」
「はぁ……私の好みは――」
ロケットの中の写真は……
「そして、ダップとVRVマスターは……」
「どうだ、広い宇宙を、あてもなく旅する気分は」
ヘルメットを外したVRVマスターがダップ父と明確になり、“あてもない”のが、最後まで見事にろくでなし。このお父さんにダップの養育を任せていいのか、大変不安になるので、ダップもチーキュの小学校に入った方が良いのでは。
「宇宙には、この穏やかな平和が、よく似合う」
「ねえパパ今度地球に戻るのはいつダップー? もう宇宙旅行は飽きちゃったダップ。ねえパパ、早くまた恭介達と遊びたいダップー」
ダップはもう放浪の旅に飽きつつも、父親に駄々をこねるのも楽しそう、とほのぼのオチ。……ろくでなしの影響で、風来坊キャラとかに目覚めてしまわない事を祈ります
「そして、俺たちカーレンジャーは……」
無事に再建されたペガサス社屋にて、前を向く5人。
「さ、そろそろ仕事でも始めっかな!」
からOP一番に合わせてメンバーそれぞれの姿をOPのアレンジで描き、
「よし、この車を夢の車に改造しようぜっ」
と相も変わらず楽しげな日々に、画面手前できらりと光るアクセルブレス、一般市民の会社員として夢を追いながら、いつだって、誰だって、心の中にはカーーーレンジャー!が居る、と最後はヘルメット脱ぎの5人が笑顔で、エンド。
……浦沢脚本とはあまり相性が良くないので、評判は聞きつつも、おっかなびっくり見始めたのですが、前半幾つか噛み合わない部分は感じたものの、中盤ぐらいに作品としてのまとまりが良くなってきてからは、非常に楽しく見る事が出来ました。
浦沢作品、というくくりで語られる事が多い今作ですが、高寺プロデューサーの時に粘着質なこだわりと暴走を孕んだ血気、戦隊シリーズのツボを心得た曽田博久と荒川稔久というサブライター、積極果敢な役者陣の熱意、などなど、様々なものが絶妙に絡み合って生まれた物語なのだな、と改めて。
ローテには様々な要因が絡みますが、ラスト3話を担当したのが、長石多可男監督の薫陶を受け、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』で監督デビュー、80年代〜90年代前半の戦隊シリーズのエッセンスで育ってきた渡辺勝也監督(前年にはメタルヒーローに出張していますが)だったというのは、戦隊×浦沢ワールドの混ぜるな危険的混合物だった今作が、ラスト2話においてド王道の燃え演出にゾンネット粒子と芋羊羹がカオスに混じり合う夢のカクテルとして着地したという面で、面白い所です。
役者陣の様々なアプローチが行われていた、という裏話を聞くと、渡辺監督、田崎監督、今作でデビューとなった竹本監督、と比較的若い世代の監督と相性が良かったのかな、とも思うところ(ちなみに竹本監督デビュー後にチーフ助監督に名前が出ているのが、近年のエース格といっていい中澤祥次郎監督)。
全体の難点としてはやはり、ボーゾックからエグゾスへという諸悪の根源のすり替えですが、話の構成としてはかなり巧く誤魔化していたものの、
ボーゾックの「悪」――自分たちの行動の結果、起こりうる他者の痛みを考えられない想像力の欠如――
エグゾスの「悪」――自分の目的の為に、他者を平然と踏みにじる独善性――
と、二つの「悪」が違う種類のものなので、カーレンジャーが前半対峙していた、ボーゾック的な「悪」との決着が付かず仕舞いだったのは残念。ラストのラストで、ボーゾック的な「悪」をただせる可能性を持った要素として「教育」をねじ込んできましたが、やはりカーレンジャーとして、そこに向き合って欲しかったところです。
ゾンネットとのラブコメ展開に加え、ボーゾック全体に愛嬌を付けすぎた為、壊滅させても特にカタルシスが生まれないという判断はわかる所ですが、カーレンジャー側のテーゼが巧くまとまった分、悪玉サイドが持っていたテーゼが途中で曖昧になってしまったのは、惜しまれる所です。
“お笑い集団でバカだからこその恐ろしさ”というのは、ボーゾックならではの希有なテーゼで、なかなか再現しにくい所でありますし……後年の戦隊で考えると、蛮鬼族(『炎神戦隊ゴーオンジャー』)と外道衆(『侍戦隊シンケンジャー』)が、ボーゾック的なテーゼを部分的に取り込んでいる面があるかな、と思われるところ(そして改めて『ゴーオンジャー』の凄さよ)。
そういった大きな問題点を抱えつつも、目を逸らすのではなく軟着陸させる為の技巧を凝らし、その上で一貫した作風に騙されてもいいかな、という面白さを作り上げたのは、お見事でした。
だいぶ長くなってきたので、とりあえずここまで。後は書き残しや思いつきがあれば、補足か総括で書きたいと思います。
以上、『激走戦隊カーレンジャー』感想でした。