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『獣拳戦隊ゲキレンジャー』感想・第5話

◆修行その5「ウジャウジャ!どーすりゃいいの?」◆ (監督:竹本昇 脚本:横手美智子
ジャンの睡眠時は半裸(もしかすると全裸)。
理央と五毒拳に惨敗する夢を見たジャンは、初めて感じる「ウジャウジャ」した気持ちに戸惑って七転八倒し、それが「不安」という感情だとジャンに教える真咲が目線を合わせて語りかけるのが、まさに“母と子”の投影なのだな、と非常に納得。
視聴者の親子双方に一定の知名度を持ちつつ、母親ポジションと同時に働く女・真咲美希としても違和感のない伊藤かずえというキャスティングは重ねて秀逸ですが、2年前の『マジレンジャー』と比べると、母親(ポジション)の描き方がより現代的になっているのは、やはり今作に『マジ』からの継承と発展を見るところです。
で、そう考えるとマジマザー小津深雪は、00年代の母親像としては少々古かった、というか、母親を配しておきながら、中身は“因縁を子供に丸投げして姿をくらます典型的クズ父キャラ”になってしまっていて、そこが私が『マジレンジャー』に序盤から引っかかってしまった要因の一つだったのだな、と改めて。
真咲に「ランを見なさい」と言われたジャンは、掃除しながら修行中のランの姿から何かを学び取ろうとするが、街で五毒拳ムカデが暴れ始めた気配を察知し、ゾワゾワセンサー、超便利。
怪人の出現をどうやって察知するのか、というのは戦隊ごとに様々な理由付けがされますが、主人公キャラがセンサー持ち、というのは割と珍しいでしょうか(後に『動物戦隊ジュウオウジャー』が、主人公だけがセンサーを持たない、という特殊性を物語の中で活用していたのを思い出します)。
背後の太陽光を活かしながら格好良く名乗りを決めるゲキレンジャーだが、初めて知る不安という感情に戸惑う赤が隙を突かれ、それをかばった青がムカデの毒を受けて戦闘不能に陥ってしまう。一人残ったイエローは、どちらがより速い拳士かを決める臨獣石版デスマッチを持ちかけられ、メレ様すっかり、「知っているのか雷電」ポジション(古い)
それぞれ両サイドから石版に拳を叩き込み、より多くの拳を打ち込んだ方が勝つ、というデスマッチにイエローは敗れ、敗者の方に倒れかかる石版……で大ダメージ、となるのかと思ったら、普通に一歩下がっただけでかわしてしまい、あ、あれ?
「はーははぁ! 俺様最速! 俺様勝利! 見たか女」
手数王もデスマッチの勝利に満足してしまい、メレ様にどやされて改めて構えを取る両者だが、デスマッチのダメージがイエローに残ったりするわけではないので、条件付きクンフーバトルのアイデアそのものは悪くないのに、それがその場の戦闘には特に影響を与えていない(むしろ仕切り直した分、敗北したイエロー有利に見えてしまう)というのが残念。
強風で頭巾が飛びそうになったムカデが慌てた所にイエローが容赦なく正拳をぶちこみ、ムカデは捨て台詞を残して逃走。ゲキレンジャーは試合に負けたが勝負に勝って窮地を脱し、本拠に戻ったメレ様は腕輪と見つめ合う理央様を目撃。
理央様は相談役の言葉をもっと聞くべく、五毒拳の一人が修得しているという真毒を求めていたが、それは臨獣殿の長にも存在を教えぬ秘中の秘――
「使い手は殺しても吐くまい」
という、修行で身につけた技だからこそ簡単に明かす事はない、という拳士の誇りや信念が絡むその在り方が、悪の内部対立ではない波乱の種となるのは面白い要素で、一般怪人よりも上位の名のある使い手を投入した意味も出ました。
「ランは……ウジャウジャしないのか?」
「不安ならいっぱいあるよ。いっぱいウジャウジャしてる」
ムカデに指定された決闘の場に赴くランは、それでも「今の自分を信じて、今やるべきことをやってるから」不安な気持ち以上に集中できるのだと語り、ジャンがどうしても野生の天才児という描写になってしまう一方で、ランの練習の鬼ぶりを強調する事で、バランスを取ってフォロー。
「突きこそ基本。魂込めて」
また、第3話でジャンが雑巾がけ修行でパワーを高めて敵に打ち勝ったように、真っ直ぐに長所を伸ばす事で壁を乗り越える、というのを作品の基本的なテーマ性としつつ、修行という「過程」を描く事で、パワープレイ化を避ける工夫をしています。
自らの積み重ねてきたものを信じ、砂浜でムカデと激突したイエローは、瞬速の拳の打ち合いに勝利。
「何故だぁ?! 早いのは俺の筈?!」
「これを見てみろ!」
復帰したレツが前日デスマッチに用いられた石版を投げ込むと、ムカデがそこで目にしたのは、まるで人型のように刻み込まれたランの打撃跡。
「おまえは漫然と打ち込んでいただけ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるってやつだ。それに対して、ランは敵を想定して拳を打ち込んでいた。どういう事かわかるかい?」
殺意の差ですね!
「ランの拳は早いだけじゃない。正確なのさ! それがランの激獣拳使いとしての誇り。ガデム、おまえは最初から負けていた!」
毒にやられてうんうん唸っているだけだとあんまりだと思ったのか、何故かファンタジスタが全部持っていくのですが、正確だからこそ拳を繰り出すと同時に風に舞う落ち葉を掴み取る事ができたのだ、というのは説得力が上手く増しました。
「マスターシャーフーの言葉を信じて、やるべきことをやってきた自分を信じた」
「ウジャウジャも気にならなくなるくらい、それだけやるべき事をやってきたんだな!」
そして戦隊×拳法としては、転身だァァッ! 気力だァァッ! を思い出すように、師弟ものはどうしても、“師匠からの洗脳と弟子からの盲信”に陥る危険性を孕んでいるのですが、ここでも修行という過程を繰り返し描き、積み重ねてきた練習が本番に臨んでメンタルを支えるというアスリート脳と繋げる事でそれを回避しており、過去作の失敗を踏まえつつ各所に工夫が見えます。
……まあこの、工夫が見えすぎてややもすると勢いに欠けて説教くさい、というのが今作の良し悪しかもとは思いますが(^^;
「ランが凄いのは、実はスピードじゃなくて、根性なのさ」
まだ毒が抜けきっておらず熱が高いのか、ランをマッハで褒めまくるレツは後で自室の床をのたうち回って悶え苦しまないか大丈夫か(笑) それとも、もはや僕たちは三位一体のトライアングルなので、ランを褒めるという事は自分を褒めるという事なのか?!
現状レツには、残念とか実はいい人とはまた違う、ファンタスティック・ナルシストの気配を感じてなりません。
「カデムが真毒の使い手なら、出すのは今」
“理央様の為”を第一義として動くラブ・ウォリアーは、ムカデがロングバトンで叩きのめされるのを傍観してその秘拳を見極めようとし、ムカデは自ら頭巾を脱いで醜い素顔を見せる事で、「俺の顔を見た奴は死なねばならぬ」と自分に気合いを入れて巨大化。頭部のムカデボディによる締め付け攻撃という奥の手でゲキトージャを苦しめるも、スピンで振りほどかれ、ダブルラリアットで粉砕されるのであった。
「「「獣拳は、正義の拳!!!」」」
「正しき者は!」
「必ず!」
「勝つ!」
語呂の都合で「心」担当から、実戦では「スピード」にすり替えられていた部分もうまく繋ぎ、ラン回としては良かったと思います。
ただ、どんな状況に置かれても自身を支える根拠を持っているものの強さ、というのをジャンが学び取る理屈は納得なのですが、ジャンにとってのそれ――根拠――がなにか、を掴む所まで物語に収められず、ジャンは特に何もしていないのに、ムカデを倒したらウジャウジャが解消されてしまったのは、詰めが甘くて惜しい。
次回、ファンタジスタvs忍者。