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『カエアンの聖衣』(バリントン・J・ベイリー)、読了


“服”に極めて重大な精神的、哲学的意味を持つ文明、カエアン。彼等は状況に応じて様々な衣装に着替え、そしてその衣装は状況に適切な形に着るものの意識を整える。その素晴らしい服飾品の数々の輸入が、「衣装による文化的侵略」なのではないか、と考える、ジアード星団は、これを研究する為、密かにカエアン文明圏に調査船団を派遣する。同じ頃、カエアンの墜落船から運搬していた衣装を盗み出し、一攫千金をもくろもうという一団が、惑星カレイに向かっていた……。
人が衣装を支配するのか、衣装が人を支配するのか、他文明から“衣装ロボット”とすら揶揄され、宗教的とさえ見える、徹底的な衣装へのこだわりを持つカエアン文明……そして難破船に積み込まれていた、カエアンでも最高級な1着のスーツ。ジアード人の服飾家ペデルはそのスーツを手に入れた事で、驚くべき運命の渦中に放り込まれる。
人の意識改革をするスーツを中心に、奔放なアイデアが、これでもかこれでもか、と詰め込まれた作品。
一般にはSFの中では特に、ワイドスクリーンバロック、と呼ばれる作風ですが、何がワイドスクリーンバロックかというと、こういう作品をワイドスクリーンバロックと呼ぶしかない、というそんな作品。
物語の幕開けとなる惑星カレイは、超低周波音波を発生させてどんな物でも粉々にしてしまう生物達の支配する世界となっており、オルガンパイプ型の表皮を持ち巨大なトランペットのような音波を放射するのに適した頭部を持った《絶叫獣》(シャウター)など、ビジュアル的にも非常に面白い、異質な世界。超低周波音波を防ぐ為の特殊スーツを身につけたペデルは、難破船を捜し出す為に惑星へ降り立つ……と思えば、調査船団の方は、巨大な外部アーマーを自らの肉体そのものと認識し、もはや人類とは違うものへと変貌しつつあるスーツ人と遭遇する。
と、そんな感じで、ちょっと詰めれば中短編を書けそうなアイデア・ガジェットが次々と放り込まれては撤収し、を繰り返し、作家によってはここをクライマックスに持ってくるよなぁという展開が2回ほどあったりしつつ、物語は進んでいきます。
勿論、出しては通り過ぎ、出しては通り過ぎ、なので一つ一つのアイデアは詰めが足りない部分も多いのですが、それを補ってあまりある、疾走感が魅力。物語は主に、難破船からカエアンの衣装を入手したペデルらと、カエアン文明を調査する船団との2パートから成り、雰囲気の違う2つのパートが概ね交互に展開するのも飽きの来ないテンポを生んでいます。
調査船団パートも、真空宇宙を素っ裸で泳げる所まで己をサイボーグ化したヤクーサ・ボンズとか、もう滅茶苦茶。
そんな二つのパートが徐々に絡み合っていき、途中で、なんと無茶なという展開もありつつ、クライマックスでは一応それに理屈をつけつつ、更にトンデモない所に突き抜ける、という凄まじい1作。
解説(大野万紀)が実に見事にこの小説の性質を現しているのですが、

さて、こういうアイデア重視のSFは、はじめに述べたように、すごいすごいとはいえるのだが、そのすごさを説明しようとなるとたちまち困難にぶつかってしまう。
(中略)
ワイドスクリーン・バロックとは、一種のサギのようなものなのかもしれない。常識的な目で見れば何の役にも立たないガラクタを、あたかも黄金のように見せてしまうのだ。そして少なくとも話を聞いている間は、それはまぎれもなく黄金なのである。
これ以上なく、そんな小説。
楽しんだもの勝ち。