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『侍戦隊シンケンジャー』感想20

◆第三十三幕「猛牛大王」◆ (監督:中澤祥次郎 脚本:小林靖子
牛折神は初代シンケンジャーよりもっと前に作られた折神、という言及が外道衆からあり、先にモヂカラありきであった、と前回に引き続いて背景設定の情報が幾つか。
とするとシンケンジャーの誕生は早くても1700年代という事になりますが……300年前、となるとそれなりに昔の筈ですが、江戸時代入ってから、となると、意外と最近の気もする不思議。
……いやなんか勝手に、鎌倉時代ぐらいからありそうなイメージでした(笑)
「ま、適当に遊んでいる内は好きにさせとけ。遊んでいる内はな」
牛折神の強奪をもくろむアクマロに対して、ドウコク、ちょっぴり風格を見せる。デザインと雰囲気は好きなので、ラスボス、とは言わないまでも是非とも悪の大ボスとして最終盤まで立ちはだかってほしいのですが、何かと足下すくわれそうな気配がぷんぷんしていて心配です(^^;
そのアクマロは、砂浜に突き刺さっていた裏正の半分を海へ不法投棄しようとしていた薄皮太夫接触。血祭団から筋殻団への移籍話を持ちかける。裏正はもともとアクマロが作った事が判明し、勧誘を受けた太夫は、もう半分と引き合う裏正センサーにより、十臓を山中で発見。
「まだバラバラになっていなかったようだな。こんな所で何をしている?」
「俺の代わりに、こいつがバラバラになった。あの時の心地よさ、思い出しては味わっている。ずっと」
しれっと生きていた十臓は、友達の思い出モードを延々と回想していた。
「ふん、外道に堕ちるほどの欲望、たった一度の戦いで晴れるとは。そんな筈あるまい。わちきと同じだ。外道に堕ちるほどの未練……この三味と、おまえの裏正、元に戻せると。アクマロの伝言だ」
前に言われた嫌味を返しつつ、太夫は裏正の刃を十臓に見せる――。
十臓はどうやらアクマロを知っているような口ぶり。アクマロの使う切り紙による式神召喚が折神(モヂカラ)と繋がっている可能性もありそうで、アクマロが色々、設定と設定を繋げる存在となるのか。
太夫の登場シーンで、毛玉が三味線を口まねしているのは、好き。
その頃、シンケンジャーは行方不明の牛を探していた…………て、なんか超、送電線に引っかかっていますが(^^;
ヒロが邸内に転がっていた時の事を思いだし、折神をヒロの探索に放つ5人。ヒロは力を放つのではなく、集める性質のモヂカラを持っており、折神はそれに引かれるのであった。翌朝、折神達の大捜索によりヒロ(とそれを乗せた牛)が見つかり、出陣する6人に、藤次は牛折神破壊用ディスクを渡して頭を下げる。
「頼む! ヒロを、牛折神から、引き離してくれ」
「どうしてそこまで? あの仏壇の写真、ですか」
5人を先に行かせ、榊原家の事情を聞く殿。藤次の息子でありヒロの父もまた、牛折神の制御法を熱心に研究していたが、夫婦揃って山の事故で死亡。以後、藤次は孫をなるべく牛折神に関わらせまいとしてきたが、ヒロはいつの間にか父の後を追いかけ、牛折神を制御しようとしていたのだった。
「覚えてますよ……どんなに小さくても、絶対に忘れない。例え、牛折神から引き離しても、受け継いだ想いからは引き離せない」
自分の幼少期を思い返した殿は、破壊ディスクを藤次に返し、仲間達の後を追う。
……あー殿、一応、いざという時の切り札にディスクは持って行っても良いんじゃないですかね(笑)
ところで、モヂカラに優れた一族、として榊原家が登場しましたが、とすれば天才・源太の家系を遡るとどこかで榊原家に繋がっている、という可能性はまあ解釈としてはありか。……榊原ではなく、筋殻の方に繋がっている可能性もありそうですが。
それはそれで面白いかもしれない。
牛折神の方へ向かっていた5人は外道衆と接触して、ちょっと生身バトル。生身だとモヂカラで武器を召喚できないのか、源太は格闘戦である事が判明。殿が追いついて一同は変身するが、そこに十臓が現れる。
「まだまだ成仏できないようだ。が、裏正が元通りになるまで、勝負はお預けだ」
身勝手だーーー。
太夫も足止めに参戦し、先行したフジツボを1人で追った殿は牛折神の中へ。そこでは目を覚ましたヒロが、牛を止めようと制御ディスクにモヂカラを込めていた。フジツボと赤が剣を交え、そこにやってくる藤次。
………………暴走している牛折神の体内に凄くさらっと入ってきていますが、藤次は恐らく、凄まじいモヂカラの使い手なのです。
「ヒロ……こいつはおまえの父さんが、おまえのモヂカラに合わせて作っていたディスクだ。いつか、おまえなら、と」
老人がヒロのディスクの代わりに填めたのは、緊急破壊用……ではなく、ヒロの父が作った、王のディスク。
実はそもそも、牛折神の制御を考えていたのは藤次だった。その想いは息子に受け継がれ、ヒロの集めるモヂカラに注目した息子は、それを制御ディスクに応用しようとしていた……が、その息子が事故死した事で、因縁が人を縛り続ける事を恐れるようになった藤次は、孫を牛折神から遠ざけようとしていたのである。
「だが、お前達が想いを受け継いでくれたっていうのに、大本の儂がこれじゃ……みっともない。そうだろ?」
和解する祖父と孫だが……自分の若い頃の過ちに口をぬぐって綺麗事を並べ立てていたとか、凄くダメな祖父でした!
一見いい話にまとめているのですが、何となく微妙な気がするのは、多分、『シンケンジャー』の基本構造そのものが、あまり“いい話”ではないから(笑)
今作は「宿命」によって「犠牲」を強いられる戦士達の姿を正面から描き、「誰かの為」にその「犠牲」から逃げない、という所にヒーロー性を置いているのですが、それ故に当然、ヒーローである事に常に痛みを伴います。
今回、殿が回想で父の言葉を思い出しますが、

「強くなれ……丈瑠。志波家18代目当主。どんなに重くても背負い続けろ。――落ちずに飛び続けろ」

改めて背景のえぐい戦隊です。
祖父が道を開き、父が作り出したディスクに、ヒロが込めたモヂカラにより王のディスクは完成。牛折神の余分な力を吸収して発散する事でその暴走を止め、牛折神は街へのダイブを回避。スーパーシンケンレッドにぶった切られて巨大化したフジツボに対し、牛折神は牛車部分を脚にしたロボット形態へと変形する。
「猛牛大王・天下一品!」
前回から明らかに牛車部分がロボ足感満載でしたが、つまり牛折神は、最初からロボット化を前提に車付きで設計されていたという事になり、榊原家はこれを何と戦わせるつもりだったのか。
もしかして、幕府転覆とか目論んでいたのか。
そこに力があるなら、限界に挑戦するのが人のサガというものなのか。
なお、江戸時代?に巨大ロボという発想は、磁雷神(『世界忍者戦ジライヤ』)の設計書が古文書として出回っていて、その影響を受けたのではないか、というのも疑われる所です。
「これ以上は無駄だな」
「雇われ仕事ならこの程度か」
猛牛大王が立ち上がったのを見て、そそくさと帰宅するスナフキンデュオ。なんか凄く、ダメな人達を雇いましたよ?!
重火力型の猛牛大王はバルカン砲を乱射し、フジツボの火炎放射と猛牛バルカン砲の流れ弾で、山林が燃え広がって大変な事に。
トドメは、角の間(頭部)にディスクを填めて、右手のガトリング砲を連射する、猛牛大回転砲で成敗。ガトリング砲を連射するだけでは地味だと思ったのか、回転する頭部のディスクから変なビームが一緒に出るのですが、贔屓目に見て巨大な扇風機にしか見えないので、ガトリング砲だけでもよかったよーな……(笑)
プラズマクラスター!(意味なし)
かくして一行は猛牛ディスクを入手し、ちょっと丸くなった爺さんからお土産にキノコを貰って今回も帰り道エンドで一件落着。
榊原家の宿命と丈瑠の背景を絡め、“受け継がれる想い”を中心に描いたのですが、今作の基本構造の為に親→子への想いがあまり理由なく正当化されてしまう、というのがもう一つ乗れなかった所。もう少し、榊原家の牛折神への想いが織り込まれれば良かったのですが、やや不足。
猛牛回りの力の入った特撮は面白かったです。
それにしても、派手に登場した後に2話連続で出番が無かったのですが、恐竜丸はどこへ消えたのか。もしかして、映画アイテムのCMだけで、二度と出てこないのか?!(^^;