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『仮面ライダービルド』感想・最終話

◆最終話「ビルドが創る明日」◆ (監督:柴崎貴行 脚本:武藤将吾
万丈を連れ戻しに行く事を決意するが、脳内葛城巧に止められる戦兎。
「犠牲になるのは、俺だけで十分だ」
え?
ええ?
えーと…………これまで散々、色々な人の屍を踏み越えまくってきたと思うのですが、いったいぜんたい、どこから出てきたのですか、「俺だけ」。劇中時間で数分遡るだけでも、地面にへたばっている内に目の前でヒゲがキラキラして消えていったと思うのですが、あれは、犠牲ではないの……?
最後の最後、新世界の融合の為には万丈ではなく自分、というニュアンスはわからないでもないですが(それにしてもどうかと思いますが)、事あるごとに台詞回しのデリカシー不足が、(恐らく)意図以上に戦兎の人でなしレベルを上昇させるという、最終回のアバンタイトルから、ぶっちぎりの『ビルド』仕様。
「わからない男だな、君も。愚かだよ。………………ふ、でも、世界を救えるのは、そういう人間なんだろうな」
自作自演ショーで背中を押した戦兎はラビラビで(宇宙空間を越えて)特異点に突入し、再び万丈を吸収していたキングエボルと激突。圧倒的な力の前に屈しかけたその時、エボル体内の万丈が本体に反抗し、エボルの動きを止める。
「一度しか言わねぇぞ。誰がなんと言おうと……おまえは俺たちのヒーローだ。だから、生きてくれ」
万丈の魂の声に5人の仲間達の姿がもやっと浮かび、その誕生から如何にエボルの掌の上だったとしても、戦兎によって「正義」の道に導かれた仲間達にとっては戦兎は正真正銘「ヒーロー」である、と戦兎の気力を奮い立たせるのですが、前回の「みんなの想い一つ一つが、俺たちの糧となり、力となる!」に比べて、想いの強弱はともかく、その範囲が大幅に狭まっており、1つ前に持ち出したテーゼが直後に最終話と衝突事故を起こすという、大変アクロバットな大惨事。
「エボルト、確かにおまえが俺を仮面ライダーにしたのかもしれない! でも、俺がこの力を正しい事に使ってこれたのは! かけがえのない仲間が居たからだぁ! みんなが……桐生戦兎を! 仮面ライダービルドを創ってくれたんだ! 愛と平和を胸に生きていける世界を創る! その為に、この力を使う!!」
数話前(第43話)の時点でも「俺が戦えたのは、ライダーシステムが、正義の為にあると信じてたからだ」とか宣っていた戦兎さんが、最終話にしてようやく、肝心なのは「どう生まれたかではなく、どう生きていくのか」という気付きに辿り着くのですが、遅きに失した、というのが率直な感想。
葛藤を乗り越えたのかと思ったらまた次の同じような悩みに直面にして地面に転がりながら眉を八の字に寄せているところを万丈に活を入れられて立ち上がるのも何度目なのかという印象ですが、とにかく『ビルド』は(いつもの)が(いつもの)すぎて、着地の為の上昇をスムーズに行っていけなかったのが残念。
せめてここで至る戦兎の気付きを、戦兎が口にしてきた「悪いのは科学を悪用する周囲の思惑」という問題と絡めて、科学の発展とは何か、正しい力の使い方とは何か、と普遍的なテーゼと繋げられれば少し違ったのですが、結局、「科学」云々にしては、100%放置されました。
序盤、あれだけ熱く語り合っていた問題は、終盤になって全て「ライダーシステム」にすり替えられており、作り手の中では「ライダーシステム」という言葉が「科学の発展」「人類の倫理」「自衛戦力を巡る問題」などなど、様々なテーゼの象徴や隠喩として機能しているのはわかるのですが、それはあくまで作り手の頭の中の話であり、劇中においてその摺り合わせや集約が行われているように思えないので、「ライダーシステム/仮面ライダー」という単語だけが一人歩きして、物語としては全く消化されていない、というエラーを引き起こしてしまっています。
この観点でいうと、仮面ライダー」という言葉に如何なる中身を詰めるのかというのが『ビルド』の狙いであった――すなわち端的に言うならば、「悪の思惑で作られた存在」から「愛と平和の世界を創ろうとする存在」への“変身”の過程こそ、『ビルド』1年間の物語であった――というのが見えてきて、今作がかなり思い切った「物語」の使い方で、「仮面ライダー」のリビルドを成そうとしていた、という構造が浮かび上がってくるのですが、とすれば今作が陥った計算ミスの根幹は、メタ的な「仮面ライダー」と劇中における「仮面ライダー」の境界線が曖昧になってしまい、仮面ライダー」という言葉が『ビルド』劇中でも大きな意味を有していると誤解してしまった事にあるのかな、と。
そう考えると幻徳の妙なこだわりの強さや、前回の突然の大衆の声援も腑に落ちてくるのですが、今作が真に丁寧にやらなければいけなかったのは、劇中における「仮面ライダー」の意味づけであり、そこで作り手の納得と実際の劇中表現の間に大きなギャップが生まれてしまったのが、終盤の大転倒の要因の一つに思えます。
「破壊こそ力だ! おまえの正義など、俺が壊してやるぅ……!」
なので、エボルが急に短絡的な事を言い出すのも、ここに至ってネガ「仮面ライダー(概念)」として象徴化されたと考えると腑に落ちるのですが、物語としては、拾い食いしてお腹壊した、みたいになっているのが見るに忍びありません。
「どちらの力が本物か、俺が証明してみせる!」
ラビラビとキングエボルは激しく激突し、
「どちらが先に消滅するか、勝負だぁぁぁ!!」
とエボルが言い出した所で脳裏で複数の?マークが曲芸飛行を開始しましたが、ビルドがラビラビ→タンタン→スプラッシュと弱体化し、エボルの追加武装が剥がれていくのはどうやら、特異点にエネルギーを吸われている?という事の模様。
積み重ねてきた戦いを巻き戻しつつ、全てのガジェットを駆使して立ち向かう、というシチュエーションそのものは嫌いではないのですが、特異点にエネルギーを吸われている感じが映像から全く伝わってこない為に状況が大変分かりづらく、一歩立ち止まって記憶をしばらく巻き戻している内に、エボルトはホント、どうしてここまで追い詰められたのだっけ……? をぼんやり考える時間になってしまいました。
「俺と万丈は……最高の……コンビなんだよぉ!!」
初期フォームとなったビルドはラビットドラゴン剣縦一閃でエボルを一刀両断し…………えーと……「かけがえのない仲間」は何処に……?
いや、まあ、かけがえのない仲間達の中でも特に万丈龍我とジャストマッチという主張はわからないでもないのですが、
「みんなの想い」→「かけがえのない仲間」→「俺と万丈は最高のコンビ」と、一年間の物語の集大成において、世界がどんどん狭くなっていく展開に、目が白黒。
この一撃でキングエボル体内の万丈が目を覚まして再びエボルの動きを止め、最後は金銀のラビットドラゴンで天才フィニッシュ。最終的に実につまらない最期となったエボルは特異点の燃料となって死亡し、その最期を見届けたベルナージュは満足して退場。一応、拾ってくれて良かったです。
エボルの爆死により生じたエネルギーにより、二つの世界が融合し、そして誕生したのは……
「二つの世界を融合させる事で、スカイウォールが存在しなけば実現したであろう、現在へと人々を移す。それが父さんの創ろうとした、本当の新世界」
? ? ?
葛城忍の世界救済計画が新世界Cの創造である事に疑問を持った戦兎は、白黒のパンドラパネルにジーニアスボトルの力を加えた事で成し遂げられる「物理法則を越えた救済」としてもう一つの推論を導き出していた……と語られるのですが、説明を増やしただけで何も変わっていないというか、都合の良さが増しただけで説得力は据え置きなので、「驚きの真実!」みたいに持ち出されても困惑し……例の如く例のように、「ジーニアスボトルの力があれば!」というのも理屈不明。
一応、パンドラボックスのうんたからかんたらとは説明されるのですが、物語に散りばめられていた要素が繋がって成る程と膝を打てるでなく、これはそういう物だからと納得させるパワーがあるわけでなく、恐らく今作は意図して部分部分に後者のアプローチを配置しているのですが、どうにもこうにも腕力が不足してします。
そして何をどう言い抜けようとも、平行世界Bを素材にしたという事実には代わりがない世界を、10年分をやり直したからその間の被害が無かった事になって万歳だ! という事にしていいのか。
で、戦兎が葛城忍の真の新世界に関して既に仮説を立てていたとすると、冒頭の
「犠牲になるのは、俺だけで十分だ」
という言葉の意味が変わってくるわけなのですが、戦兎がパンドラタワー突入以前の時点で世界の巻き戻し再起動前提で行動していたのだとすると、猿渡への対応の闇が深い。
そして、新たな世界に「桐生戦兎」の居場所が無くなる事を予期した上で、エボルトと共に消滅しようとしていたのなら、それは半ば自殺であって、物語としてヒロイックに描いてはいけなかったのではないか、と。
かくして、世界リセットと時間遡行の折衷案ともいえる、10年分やり直した世界の異分子となった戦兎は、宇宙を蝕む破壊者を倒して一つの世界を救う為とはいえ、都合良く世界をねじ曲げた罪により、“さまよえる仮面ライダー”となる。
「今度は俺しか記憶が無いのか……」
ここで最初と状況が反転したり、香澄とデート中の新・万丈と行き会って泣き笑いのような表情を浮かべたり、というのはまあ悪くなかったのですが、それぞれだいぶ尺を採った割には、新世界の元仲間達の描写はさして面白くならず。
これはリセットエンドの時点で私の心が渇いているというのもあるかと思いますが、キャラクターの退場劇で視聴者の感動を煽る作劇を繰り返してきた今作が、キャラクターの命を人質にして新世界の存在を頷かせる、というやり口が気に入らない、というのが偽らざる心境であり、猿渡も幻徳も死んでいたままの方がいい、とは思わない一方で、キャラクターとしての積み重ねは消滅したけど生きているからいいよね、というのはとことん、キャラクターの退場に対して不誠実であると思うのです。
結局、猿渡一海も氷室幻徳も佐藤太郎も氷室パパも内海も3馬鹿も歯車兄弟もその他大勢の人々も死んで、あそこに居るのは“似たような何者か”であり、それを桐生戦兎が喜ぶのは構わないと思うのですが、一視聴者としては誰も背負う者が居なくなってしまった墓碑銘の列に、茫漠たる寂寥を感じるのでありました。
突き詰めていくと、あの時特異点の中に居た戦兎と万丈だけが“スカイウォールの無い並行世界”へと辿り着いた可能性、など邪悪な解釈も幾つか可能になるのですが、ここでこの決着は、図らずも一つの問いを提示しているように思えます。
そう――世界は、“誰にとって”救われたのか?
それに対して、
「生きててくれるだけで十分だ」
というのもまた、一つの答ではありましょう。
世界でたった一人の存在になったかと思われた戦兎だったが、エボルト遺伝子の影響により同じく新世界の異分子として世界の枠組みの外に弾き出されてしまった万丈と再会し、二人はバイクで走り出す……て、何だろうこの、悲しいオチ(笑)
特に万丈、再会した彼女は別の自分と付き合っていた、ってなんたる鬼畜の仕打ち。
戦兎より余程重い十字架を背負わされている気がするのですが、これはエボルト最後の嫌がらせなのか……そんな万丈に向けて「最っ高だ!」と言い放つ戦兎さん、最終回まで人でなしレベルの上昇が止まりません(笑)
……いやまあ、そーいうシーンでないのはわかりますが、香澄って万丈にとって大きな存在だったわけなので、それをこういう形で使ってしまう無神経さが端々に顔を出すのが、どうにもこうにも『ビルド』のノリきれない所であったな、とラストシーン直前に改めて。
目の前のいいシーンにダッシュで飛びつく前に、足下に大切な物が転がっていないかどうかを丁寧に確認して欲しかった……というのが、私の今作へ重ねて思うところ。
そしてこれまでの『ビルド』の物語は、寂しい男二人の記憶語りだった事が判明して、あらすじ劇場がメタだった理由にも説明がついて丸く収まるのですが(あと多分、あちこちざっくりしていたのもこの二人のせい)、ある種、概念化したヒーローと化した二人が最初に始めるのが、自分たちのヒーロー伝説の語り直しで、世界に二人だけの二人が二人だけの世界の話を始めるのが個人的にはとても辛かったのですが、エターナルなヒーローとして走り去るのではなく、あくまで明るく二人でやっていく事にする、というのは『ビルド』らしいとは感じ、「戦う」より「伝える」というのも、今作にふさわしい着地点とはいえましょうか。
とにかく、第46話でリセットオチが見えた所で完全に心の温度が氷点下に突入してしまい、以後は埋めがたい距離を取りながら見る事になってしまったのですが、最終回、「くしゃっとなる」とか「創られたヒーロー」とか「ズボンのチャック」とか、テーゼの繰り返しが小ネタの再利用を交えながら効果的に織り込まれたのは、良くも悪くも『ビルド』のこだわっていた手法が、良い形で結実したと思います。
ここまでの底の抜け具合に加え、それらを包括する大仕掛けそのものが好みに合わず、心の温度がプラスに転じるには至らなかったのは、つくづく残念。
……というわけで、途中で割と長めの中断→後追い期間などもありましたが、大変久しぶりの、リアルタイム『仮面ライダー』、なんとか完走できました。
だいぶ記憶が朧になっている箇所もあるので、総括めいたものは自分の感想を読み返してから改めてまとめようかと思いますが、最終話の分解を通してなんとなく、『ビルド』が大枠でやろうしていたのかなという事は自分の中で腑に落ち、納得を得る事ができました。
平成ライダーの文脈に基づき、平成ライダーの文法によって「仮面ライダー」の再定義付けを行おうとした、というと今作の背景には否応なく『仮面ライダーW』の影がちらついてくるわけですが、両作品の構造を比較する事で見えてくるものもまたありそうな気がします。
そして『ディケイド』の後に『W』の風が吹いたのに対し、『ビルド』が創った明日に『ジオウ』が訪れるわけですが、過去ヒーロー登場とか繋がった世界観とかにあまり興奮しないタチなので、とりあえず平熱で見始めて、思わぬ面白さを感じて熱が上がってくるといいな、というぐらいの気持ちです。メインライターの下山さんへの信頼度が凄まじく低いわけですが、下山さんは変にネタに走らない方がまとまったものを書けるのではと疑っているので、下山さんにとっての脱・浦沢師匠があるといいなとも思っています。
以上、ひとまず『仮面ライダービルド』感想でした。長い中断&後追い期間があったにも関わらず、お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。自分なりにどこに分岐点があったのかを振り返っておきたい作品でもあるので、遅からず改めて総括はしたいと考えております。