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『フェッセンデンの宇宙』(エドモンド・ハミルトン)、感想

フェッセンデンの宇宙 (河出文庫)

フェッセンデンの宇宙 (河出文庫)

我が愛する《キャプテン・フューチャー》シリーズの作者、エドモンド・ハミルトンの短編集。
2004年に<奇想コレクション>シリーズの1冊として刊行されたものに、更に三篇を増補した、文庫版。
スペースオペラの巨匠”であり、初期作品の似たり寄ったりのストーリー展開から皮肉を込めて“世界破壊者”とも呼ばれる作者の、痛快活劇とは全く違う面――センチメンタルともいえる情感溢れる短編を集めた内容。
以下、収録作品短評。
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◇「フェッセンデンの宇宙」 Fessenden's Worlds(1937)
天才科学者フェッセンデンの元を訪れた“私”は、そこで彼が作り出した驚くべき発明を目にする。それは、内部に様々な恒星や惑星が存在し、その上で生命すら活動する、極小の人工宇宙だった……!
イデアメーカーとして定評のあるハミルトンによる、人工宇宙テーマの名作。先に改稿バージョン(後述)は読んだ事があったのですが、これは、1937年の初出版。当時の作風や掲載誌(『ウィアード・テールズ』)の影響もあったのでしょうが、この初出版を読んで“凄まじい才能を持った狂科学者のもとで体験した一晩の恐怖”という、典型的なマッドサイエンティストストーリーの構成である事に気付きました。
改稿バージョンの方がSFとして断然面白いのですが、核となる部分は同一であり、ワンアイデアによる発想のパラダイムシフトという、SFの精髄を古典らしいシンプルさで味わえる逸品。
◇「風の子供」 Child of the Winds(1936)
金鉱を求めトルキスタンの奥地に向かったブレントは、土地の住民が“風の高原”と呼ぶ場所で、まるで生きているかのような暴風に襲われた所を、風と暮らす美しい娘に救われる……。
秘境冒険譚と、風とコミュニケーションする娘、というファンタジー要素を絡めた、ロマンス作品。取り立てて面白いというわけではないですが、《キャプテン・フューチャー》シリーズのファンとしては、この時期から既に作者に、ある種の超人の孤独――社会と相容れない部分――に対する感情が通底している、というのが興味深い。
◇「向こうはどんなところだい?」 What's It Like Out There?(1952)
第二次火星探検隊から帰還したフランク・ハッドンは恐れていた。火星について聞かれる事を。火星で起こった出来事を話さなくてはいけない事を。しかし彼は話さなければならなかった。いったい、火星で何があったのかを。
表題作に加え、「プロ」と並んで、作者のベストと評される一編。長らく読みたかったのですが、ようやく読む事が出来ました。あちこちの紹介でハードルがかなり上がっていたのですが、噂に違わぬ出来映え、面白かった。
未来志向のロマンを排したドライな火星開発の情景を背景とし、アイデアストーリーではなく、人間ドラマとして読ませます。火星探検の想像を絶する厳しさ、それでも、人はそこへ行かなければならないのか……? フランクは何を語り、何を語らずにいるべきなのか。そして、それは正しいのか……?
夢と苦さの同居するラストは絶品。
ごく日常的で些細な一言の中に痛烈な皮肉と毒のこもったタイトル(ほぼ原題まま)も、極めて優秀。
◇「帰ってきた男」 The Man Who Returned(1935)
埋葬された男が棺の中で息を吹き返して……と、ラヴクラフト風味を感じる、ホラー。
普通に怪奇小説のアンソロジーに収録されていたら、とても<キャプテン・フューチャー>のハミルトンと同一人物とは思わない、という軽い驚きの一編。ところで似たような内容の話を過去に読んだ記憶があるのですが、それこそ、そういったアンソロジーで過去に気付かず読んだ事があったのか、これを元ネタにした話を読んだのか。
◇「凶運の彗星」 The Comet Doom(1928)
地球に迫る巨大彗星……衝突の危険は無いと発表されていたが、突然、地球の公転速度が上がり、彗星と衝突する軌道に逸れ始める。このままでは、彗星の纏う有毒ガスによって地球は破滅してしまう! そしてその裏には、恐ろしい企みがあった……。
初期の侵略SF。はじめて『ウィアード・テールズ』に掲載された作品との事。金属の体に脳を移植した彗星人がどう読んでもジェイムスン教授しか想像できないのですが、《ジェイムスン教授》シリーズ(ニール・R・ジョーンズ)より3年前の作品との事(※別に、元ネタどうこう、という話ではない)。なぜか主人公が、ぽっちゃりした中年。
◇「追放者」 Exile(1943)
食事の後のお喋りに興じていたSF作家4人、その内の一人が不思議な話を始めて……という小粋なショートショート。味があっていい。かなりお気に入り。
◇「翼を持つ男」 He That Hath Winngs(1938)
事故による両親の遺伝子異常により、生まれつき、背中の両翼と中空の骨を持って生まれたデイヴィッド・ランド。担当医師のハリマンにより世間の狂騒から遠ざける為に孤島で育てられたデイヴィッドは、長じて、背の翼を使って自由に空を飛べるようになるが……。
鳥と同様に飛ぶ力を持った男という、ミュータントテーマ。これもまた、超人の孤独の物語として、後の《キャプテン・フューチャー》に思いをはせると、興味深いです。最後の一段落が非常に良いのですが、これがハミルトンにおけるヒーロー観の本音だろうか? と思うと、また面白い。
◇「太陽の炎」 Sunfire!(1962)
宇宙探査局の優秀な局員であったヒュー・ケラードは、水星で起きた事故をきっかけに宇宙探検に絶望し、局に辞表を叩きつけて地球の故郷へと戻る。しかし、その態度に不審を抱いた直属の上司ハーフリッチが彼の元を訪れる。はたして、水星の昼側(サンサイド)で、本当はいったい何があったのか?
思弁的な方向性の強い、宇宙探検もの。《キャプテン・フューチャー》の後期短編群を思わせるトーンで、これもまた、最終段落が非常に良い。
◇「夢見る者の世界」 Dreamer's Worlds(1941)
平凡な会社員ヘンリー・スティーヴンズは、子供の頃から毎夜、あまりにも真に迫った夢を見続けていた。夢の中では彼は、二つの月を持つザールという世界の、ジョタンの勇猛な王子、カール・カンなのだ。ヘンリーは眠る度にカールの人生を生き、カールもまた、眠る度にヘンリーの世界を夢に見ていた。果たして地球とザール、どちらが現実で、どちらが夢なのか? 自分とカール、いったいどちらが本物の人生なのか? 思いあまったヘンリーは、精神分析医のもとを訪れるのだが……。
いわゆる「胡蝶の夢」を軸に、パラレルワールドや冒険ファンタジーの要素を取り込んだ作品。平凡なヘンリーが勇壮で奔放なカールにただ憧憬をいだくわけではなく、夢の中の自分に対して愛情と気遣いを持っているという描写がなかなか面白い。SF的着地は、まあそんなところか、といった感じでしたが、これもまた、ラストの一段が素晴らしくいい。
まあこの、締めを良く感じる、というのは結局、作者の作風が好き、という事なのでしょうが。
◇「世界の外のはたごや」 The Inn outside the Worlds(1945)
疲弊した戦後ヨーロッパで、故国を混乱から救おうと奮闘する老政治家カルルス・ギナールには、ある秘密があった。彼は時空の外にある異世界へと行く事が出来る<しるし>を持っていたのだ。そしてそこには、様々な時代の賢人達が集うはたごやがあった。故国の人々の苦境を救いたい一心で、ギナールは掟を破り、賢人達に助力を求めようとするのだが……。
歴史上の偉人達が時空を超えて集まる場所、というアイデアをベースに、そんな時空と歴史を超えた、“人間の尊い在り方”を語る一編。テーマとは裏腹に、根幹の設定にはどこか無常観が漂い、しかしそれ故にテーマが生きる、という面白い構成。
◇「漂流者」 Castaway(1969)
エドガー・アラン・ポオの元を訪れたある婦人、彼女はポオの中に、ある未来人の人格が眠っているのだと語り出すのだが……。
ポオを題材にした作品を集めたアンソロジーに収録、という事で、ポオに関するある程度の知識と興味が無いと、ちょっとピンと来ず。オチぐらいはわかりましたが。作風の思わぬ幅広さを読める、という点では貴重。
◇「フェッセンデンの宇宙」 Fessenden's Worlds(1950年版)
表題作が、アンソロジーに収録される事になった際に改稿されたバージョン。日本ではこちらが先に訳出され、広く読まれていたとの事。SFマガジン創刊500号記念の読者アンケートで海外オールタイムベスト短編の堂々6位に入って再録されており、私の初読はそちら。
原型に比べると語り手についての描写が深まっており、ただの受け手ではなく、一人の科学者としてフェッセンデンの宇宙に触れている、というのが最も大きな違い。それによって、プロットは同様であるものの、SFとしてぐっと面白くなりました。
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以上12篇、ストレートなSFに加え、怪奇風味からファンタジー風味までハミルトンの幅広い作品を楽しめ、ファンには満足度の高い短編集でした。表題作の37年版と50年版が収録されているのは意外と面白く、作家の変遷とともに、作品の方向性の違いも見て取れます。これで、ハミルトンの名篇として名前の出る事が多い「ベムがいっぱい」も収録されていれば言うこと無かったんですが。それは編訳者の関わっている別のアンソロジーに収録されていたりするという……。
で、これを読んだ後に、『反対進化』所収の「プロ」を読むと、実にじわじわと染み、作家/評論家/翻訳家がハミルトンのベスト短編、として挙げるのがわかる気がします。
反対進化 (創元SF文庫)

反対進化 (創元SF文庫)