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『翠星のガルガンティア』感想6

レドさん、タコに怯えるの巻。
……て、ヒディアーズって、旧支配者だったの?
さて今回は、実に良かった。
前回あたり、個人的にはちょっとトーンダウンしていたのですが、今回は非常に好みのテンポ(理想はこのテンポで、物語の濃度は1.5〜2倍なんですが(笑))。アップ多用しすぎは気になったものの(作画の都合の可能性もありますが)、間合いや小道具の使い方など、コンテが良かった。
リスっぽい小動物をちゃんと活かしていたし、なにより白眉は、後半のカニの玩具。
また、チェインバーによる漁のシーンも秀逸。ここまで『ガルガンティア』のロボットアクションの描写は、結果はともかく過程の派手さと面白みに欠ける事が多かったのですが、結果よりもむしろ、過程をいかに大仰に見せるか、という事が重視されており、“なんか凄い”感が表現されていたのは良かったです。
食堂でレドとベローズとピニオンが割と重要な話をしている間、背景で淡々と無駄にセクシーダンスしている所とか、馬鹿馬鹿しくて好き(笑) 漁のシーンも含め、やはりこのぐらい馬鹿っぽい方が面白い。

おきゅうりょう、つかいかた、わからない」

前回、レドは貨幣経済をどう捉えているのだろう……? という部分は気になっていたので、そこを拾ってくれたのは実に良かった。近いものとして配給チケットに例えて理解した上で、過剰に配給されているのではないかと悩み、金の使い方がわからない事で「欲望が見えない」事を指摘される。

「自分の欲望わかってないやつが、信頼されるかってぇの」

その上で漁と祭を通じて、社会の互助システムと“金は天下の回り物”である事を認識。

「おかね、もらって、あげて、みんなが、おいしいもの、たべる」
「君が受け取った報酬は、誰かを支えた証だ」
「おれが、だれかを、ささえた。それが、しごと」

この社会の在り方に対する理解を深めた所で、自分の欲望を口にする……と「はじめてのおきゅうりょう」を出発点に、有機的に巧く要素が繋がりました。
で、ここを、絆とか温もりとか触れ合いか、そういう曖昧模糊なものではなく(その影響も勿論あるのですが)、金を貰い、それを使う事で、社会と繋がるというシステムとして理解した、というのが凄く良い所。
これを前者だけで処理してしまうと安っぽいヒューマニズムに陥りがちになるわけですが(その要素を持たない、とは言わない)、今作は個々人のコミュニケーションの問題ではなくて、“社会性”を描こうとしている所が、一つの特徴なのかな、と思います。
“コミュニケーションの成立”を、“社会への参加”として描いている。
まあ、物語の都合上、ガルガンティアの人々が素朴な田舎気質に設定されすぎているきらいはありますが、そこはあまり、こだわりすぎずに、物語としての気持ちよさ、を優先する方向にしたのでしょう。
そういう、“繋がっていく気持ちよさ”を描いている、という点でも、今回は秀逸。
4話と5話は、段階的にしても、その辺りを巧く描ききれていなかったと思います。

「おれは、サルベージを、やりたい」

他に、3話以降に欲しかった、レドが普段何を食べているのか、と、集団内での食事シーンにおける群衆の中でのレドの距離感(結論:もはや特に誰もレドを気にしていない。そしてレドは食生活にはほぼ順応している)、という押さえてほしかった所が押さえられて満足。
また、レドがユンボロで泳げず失敗→自信満々のチェインバーが失敗→久々のタッグで活き活きと成功、という流れも良し。
レドがユンボロに乗るシチュエーション自体は、もう少し前の回であっても良かったかな、とは思いましたが。
難を言えば、淡々としたテンポが良かったものの、最後まで淡々としすぎた所。ラストの急展開、ヒディアーズ(らしきもの)が出現するシーンは、もう少し緩急の急として、わかりやすく盛り上げてしまっても良かった気はします。どこから出てきたのかさえ、よくわからなかったし。
物語としては、このヒディアーズ(らしきもの)をガルガンティアの人々がどう認識しているか(未知なのか/既知なのか)で、大きく変わってきそうですが、どう転がすか、素直に楽しみ。
やや深刻そうな予告映像見る限りでは、ヒディアーズではなくクジライカでした、というオチではないですよね……?
ガルガンティアの人々にとってはクジライカ、という可能性もありますが。
あと今回ちょっと気になったのですが、“お祭り”が題材になった割には、宗教的要素は一切描かれず。世界観重視の作風の割には、ここまで宗教的要素の描写が無いのですが、描かない事にしているのか、それとも後半に関わってくるのか。秘教の儀式でヒディアーズを祀っている、という展開にはならないと思いたいですが(笑)
軽く調べたら、絵コンテの山内重保さんは、結構なベテラン。
……て、『ブレンパワード』で、ネリー・ブレンが踊る回の人か!
3話で西村純二、5話で岡村天斎、と監督クラスのベテランが参加しているので、脚本が1話ずつ違うのも含め、そういうスタッフ起用なのでしょうが。ここまで作品通して演出テンポの統一感が薄いのは、良くも悪くも、コンテに左右されるウェイトが大きいっぽい。