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『超人幻想 神化三六年』(會川昇)、読了

超人幻想 神化三六年 (ハヤカワ文庫JA)

超人幻想 神化三六年 (ハヤカワ文庫JA)


 神化三六年三月――東京テレビ放送(TTH)のディレクター・木更嘉津馬は、生放送人形劇の開始直前、スタジオ内に獣のうなり声のような不思議な音を聞きつける。そこに闖入してくる元GHQの男達、姿を見せる巨大な獣……獣の爪と牙がその場に居た人々を次々と引き裂き、惨劇の中で自身の命も危険にさらされたその瞬間、気がつけば嘉津馬は放送開始の40分前に戻っていた。
 いったい自分の身に何が起きたのか、獣の正体は何者だったのか、それを調べる嘉津馬は、確かに存在しながらもあやふやに扱われる、<超人>という存在を覆い隠すベールの奥に踏み込んでいく……。
TVアニメ『コンクリート・レボルティオ』の原作・シリーズ構成を勤める會川昇自らによる、オリジナル前日譚。
アニメ本編が“超人達の物語”であるのに対し、小説は“<超人>の実在する世界に生きる一般人の物語”であり、また、アニメで描かれる神化40年代と、小説で語られる神化30年代において<超人>の扱いに微妙な変化がある事から、世界観の共通する前日譚でありながら、単独の小説としても成立している、という作り(アニメのあれは、そういう必然性のある仕掛けだったのか、と納得)。
同時に、同じ世界を別の視点で覗いている、という面白さもあり。
物語の舞台となる神化の時代(アニメ本編に至る歴史の流れ)に関しては、小説の形式上アニメ本編よりも踏み込んで書かれており、特にアニメだとかなり断片的でわかりにくい(ながら頻出する)「綺能秘密法」とその影響については、今作を読むとかなり理解できます。
と書くと、アニメの説明不足を小説で補っているようにも取れますが(その要素が皆無ではありませんが)、アニメとこの小説では――少なくともアニメ第14話時点では――主観となる視点の違いから“描こうとしている事”が違うので、アニメはアニメの作劇として、意図的にオミットしているというのも、見て取れる部分。
アニメの副読本としても勿論読めますが、それ以上に、「超人幻想」とは何か、というより純粋な核を書いた、といった作品。
筆者の志向する

 だからいつか昭和という時代を、自分の体験を通して語るとき、アポロや万博といったイベントや、学校や家庭での生活体験だけではなく、テレビや本から受け取った『物語』も含めなければ正確ではないのではないか、そんな風にずっと考えてきました。
がより色濃く、明確な形で表現され、<超人>の存在と、凡人の矜持にエールを送る物語となっています。
正直、中盤まで今ひとつの手応えだったのですが、何人かの登場人物の真意が明かされてからの後半ぐっと面白くなり、全体を貫く仕掛けのはまる最終盤、主人公が目の前にする選択の意味が読者にこそ真に迫るという構造と、
つまりこの○○○○○○○○○○が○○○○○○○○○○○である
という着地、それによってもたらされる読後感が好き。
アニメ本編がお好きな方は、読んで損のない一冊かと思います。