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『けものフレンズ』与太話:かばんちゃんにまつわる神話的あれこれ

スタートはあるけどゴールは決めていない、タイトル通りの思いつきを書き殴る与太話です。『けものフレンズ』最終回の内容に触れますので、配信待ちの方などはご留意下さい。
スター・ウォーズ』シリーズに大きな影響を与えた事などで知られる比較神話学の古典『千の顔をもつ英雄』(ジョゼフ・キャンベル)によると、世界各地の神話伝説には共通して見られる「英雄の旅」の基本構造
〔出立−イニシエーション−帰還〕
が存在し、今作のストーリーラインもまた、「英雄の旅」のバリエーションとして紐解けるのでは、という所から与太話は始まります。
「英雄の旅」を意識的にベースにしているのか、普遍的なプロットであるが故に多くの物語を分解していくと「英雄の旅」に解体できてしまうのか、というのは卵が先か鶏が先かに近い所もあるのですが、後述する理由から、今作は「英雄の旅」という神話的構造を意識的に土台にしているのだろうと考えています。
非常に大雑把に今作全体を区分けすると
1:ジャパリパークの旅の始まり、かばんちゃんとサーバルちゃんの出会い 〔出立〕
2〜6:図書館を目指す自己探求の旅
7:図書館への到達、かばんちゃんの種族の判明 〔イニシエーション〕
8〜10:ヒトの縄張り(かばんちゃんの世界)への帰還の旅
11:最後の試練
12:試練への勝利、かばんちゃんのルーツの判明、新たな旅へ 〔帰還・出立〕
となり、勿論「英雄の旅」の基本構造というのは物語の源流的なシンプルな骨組みなので、そこに幾つかの変奏が加えられているのですが、最初にかばんちゃんは、過去の記憶を持たず、自分自身が何者か知らない存在として登場します。これは、いわば世界に対する「孤児」の状態であり、多くの英雄伝説に見られる幼児期の「追放」というモチーフだと考えられます。
ヒトから見た「他界」であるジャパリパークに放り出されたかばんちゃんは、サーバルちゃんとボスという助力者を得て道中の試練を乗り越え、今作における神話的円環の底である図書館に到達。クイズ迷宮と料理という試練に勝利したかばんちゃんは、その見返りとして自分が何者であるを知り、マッチとライブチケットを入手します。
ここで注目したいのは、料理という試練の過程においてかばんちゃんが火を起こしている事。
“火を起こす”というのは神話的には性交の象徴であり、生じた炎は新しく生まれた命を現し、それ自体が、英雄が試練への勝利として体験する聖婚の変形という面を持ちます(なお神話的には、棒受けと火おこし棒が女と男を現すそうなのですが、かばんちゃんは焦点レンズで着火)。
つまり“火を起こす”という事は、「英雄の旅」におけるイニシエーションの象徴的暗示であり、物語の丁度折り返し地点でかばんちゃんがそれを行うというのが、今作が「英雄の旅」を意識的にストーリー構成に取り入れているのだろう、と思える大きな要素。
というか全くの偶然だったら偶然で、まさしく今作の神話的構造を示すものといってもいいかな、と。
8話以降、帰還の旅に入ると周囲の世界が急速に文明化していくのですが、これは、かばんちゃんが所属する(帰還していく)世界の暗示といえるでしょうか。そして、ジャパリパークが島であり、「海」という境界に囲まれた世界である事が明確に。第11話では「海」の向こうに別の陸地が描かれ、最終的な境界線でのセルリアンとの争いを乗り越え、かばんちゃんは冒険の境界の外へと帰還していき、異界で手に入れた恩恵によって帰還した世界に恩恵をもたらす……という形でも綺麗に収まったかとは思うのですが、今作はここで一ひねり。
最終話、かばんちゃんがミライさんの頭髪から生まれた“ヒトのフレンズ”である事が明確になり、これにより世界の構造が逆転します。
つまりこれまで、かばんちゃんは、本来所属する外の世界から来て、ジャパリパークという他界を旅し、外の世界へ帰還していく、という物語性を背負っていたのですが、そもそもジャパリパークに所属する存在であったと明らかになる事により、彼岸(他界)と此岸(現世)の関係が逆転。本来ジャパリパークを此岸とするかばんちゃんの旅はいわば内面世界の冒険であり、その奥底で手に入れた「火」が、帰還した世界(ジャパリパーク)に恩恵(巨大セルリアン撃退)をもたらす、という新しい物語が誕生・成立します。
同時に、かばんちゃんにとってジャパリパークが此岸となり、海という境界の向こうが新たな彼岸となった事で、再び冒険の境界を越えて、「英雄の旅」へ向かう、という、それまで「帰還」だと思われていたものが次の「出立」となり、極めてスムーズに新たな物語の円環が回り出す、というのが非常にお見事。
さてそんなわけで、言うなれば、サンドスターを父、ミライさんの頭髪を母、としてジャパリパークに生まれたかばんちゃんですが、この誕生において、ミライさんの帽子は子宮の役割を果たしていると考えられます(サンドスターに関しては詳細不明のままですが、神話的にいうと雷に打たれて妊娠みたいな解釈も可能か)。
そしてミライさんの帽子とは、ジャパリパークの外から来た、中空なるもの――すなわち、うつぼ船(他界から現世に来るために神々が用いる乗り物。なかが空っぽになっている船)の性質を持っており、かばんちゃんはその誕生において来訪神の性質を宿しているといえます。
特に前半のエピソード群において、かばんちゃんが創意工夫により各ちほーのフレンズの問題を解決するというのは、(例えばイナバノシロウサギの物語のように)英雄が旅の途中において知恵や武勇で住人を救って行く説話的であると共に、共同体の外からやってきて、何らかの影響を与えて去って行く、かばんちゃんの来訪神としての性質が強く出ているともいえるでしょう。
更にまた、ジャパリパークの外側から来たものを核として、ジャパリパークの内側で生まれたフレンズであるかばんちゃんは、その出自において、他界と現世を媒介する両義的な存在、トリックスターでもあり、極めて神話的英雄としての要素が積み重ねられた存在であるといえます。
もう一つ付け加えると、かばんちゃんが非常に中性的なデザインなのは両性具有的な神性も纏わせおり、というかそもそもフレンズって両性具有でもおかしくないと考えているのですが……あまりこの方面は広げない方が無難か。
ミライさんの帽子を子宮と解釈した場合、かばんちゃんの被る帽子はマンガ的表現におけるタマゴのカラとも見えるのですが、第11話ラスト、探求の旅の果てに自己を承認して確立したかばんちゃんが、サーバルちゃんを守る為にセルリアンと立ち向かう際に頭から帽子が外れているのは、かばんちゃん個人にとっての、イニシエーションの終了といえるのでしょう。
第11話−第12話は、本編の中において独立した二重の円環構造を取っており、
〔セルリアンとの戦い(冒険への出立と試練を兼ねる)→セルリアンハンター(助力者)→かばんちゃんの自己確立(イニシエーション)→ 《セルリアンという他界への吸収(冒険への境界越え)→胎内巡りと父との同一化?・或いはかばんちゃん自身の神格化?》 →セルリアンという他界からの救出→帰還と復活〕
の流れを経て大団円へ向かいます。
フレンズ一挙登場はヒーロー物的に素直に熱かったのですが、終盤出てきた「野生解放」というフレーズとか最後の「我々の群れとしての強さを見せるのです」とか、スタッフは『動物戦隊ジュウオウジャー』好きなのでしょうか!? 気になります(アプリ版については全く知らないので、そちらのギミックなのかもですが)。
セルリアン内部から救出されたかばんちゃんが、サンドスターの拡散によりヒト:フレンズから、ヒト:オリジンとして復活する事で、逆説的に、かばんちゃんはヒト:オリジンではなくヒト:フレンズであったと明確になるのですが、ミライさんの帽子がタマゴのカラであるなばら、シーン変わると再び帽子を被っているのが何故かといえば、ここでかばんちゃんは、新生したのかな、と。
劇中描写から判断する限りでは、セルリアンとは自然災害の擬獣化? と思えるのですが、ポイントになるのは、かばんちゃんを飲み込んだ巨大セルリアンが“マグマのセルリアン”と推察される事。最終的に海へ飛び込んで陸地を形成する事からも、この巨大セルリアンは火山や大地のエネルギーを象徴しており、それはすなわち大地母神の性質であるといえます。
復活後もパーソナリティは継承されていたかばんちゃんですが、最終話のかばんちゃんは、セルリアンに飲み込まれた事で「英雄の死」を迎え、胎内回帰を経て地母神より産み直された、ヒト:フレンズでもヒト:オリジンでもない第三の存在、半神半人の英雄になったのではないか。となれば、ジャパリパークを後にして、新たな「英雄の旅」へと出立していくのは実に必然であるとも思われます。
そしてその旅の最後、帰還の地においてかばんちゃんは再び帽子を脱ぐのではないか、とそんな事を思うのです。
ところで以前に〔『けものフレンズ』第3話の快感構造〕という記事で


 「仲間を求める」トキと「客を求める」アルパカは、ともに「孤独」を問題として抱えており、これは当然、自分が何者なのかを知る為に旅をするかばんちゃんに重ねられるといえます。同時にそれは人間の持つ身近な問題であり、物語の大目標(マクロ)と個人の問題(ミクロ)がしっかり連結された上で、三者はいずれも、他者への善意をきっかけに、問題の解決へ向けて一歩前進するという、共感とその解決法の置き所も絶妙。
と書いたのですが、今作の全体像が明らかになってみると、
〔冒険の境界を越えて他界(山)へと入る→助力者(トキ、アルパカ)の援助を受ける→(主にサーバルちゃんが)試練を乗り越える→折り返し地点となる円環の底(山頂)において見返りとなる霊薬(バッテリー)を得る→現世への帰還(下山)〕
と、第3話そのものが今作全体の構造(マクロ)を1エピソード(ミクロ)に重ねて集約していたのだな、と感服。
私自身は、祭は終わるから美しいし、良きフィクションの終わりとは視聴者を現実へ帰還させる事である、と思っているので、特にこの続きは求めていないのですが、一つの物語として非常に美しい構造を組み上げた上で、次の物語への必然性も成立させた構成には脱帽で、大変良い物を見させていただきました。
千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)