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当たりが三冊

◇『刀狩り』(藤木久志

刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))

刀狩り―武器を封印した民衆 (岩波新書 新赤版 (965))

史料を紐解き、中世日本における“刀”とはなんであったのか、を検証した上で、豊臣秀吉による刀狩りの狙いとは、民衆の全面武装解除ではなく、帯刀の制限による身分の明確化にあった、と論ずる歴史本。
そもそも刀とは、社会の成員の表象であったとし、中世の武装した村の実態、そして、刀狩令の後も村々に残された武装の数々を示す史料から中世〜近世という歴史の変換期における日本社会の姿が見えて、大変面白かったです。
特に、秀吉の刀狩りを経た、17世紀の江戸において、身分表象としての帯刀(二本差し)は規制されていても、なお町人が脇差しを身につけているのは当たり前の事だった、というのは目から鱗
また、身分表象としての刀の規制との関わりの中で、脇差しの寸法はいつしか1尺8寸以内と決まっており、それを越える長さの脇差しは、「長脇差(ながどす)」として規制の対象になり、やがてそれがアウトローの象徴となっていく、というのは歴史の小さなダイナミズムとして、非常に面白く、そして納得。
13年前の本なので、現在ではまた、新たな研究成果が出ていたりもするのかもしれませんが、刀狩りとはなんであったのか? そもそも刀とはなにか? そして刀狩りを通した官民の関係性の変化、と読みやすくも読み応えがあり、面白い歴史本でした。
以前に読んだ『一揆の原理』(呉座勇一)における、江戸期の農民は鉄砲や槍を所持しながらも、武装蜂起ではなく、農具を手にしたデモの道を選んだ、という話と繋がっている部分もあり、そういう点も、歴史本を読む醍醐味の一つで、面白かったです。


◇『黒猫の遊歩あるいは美学講義』(森晶麿)
黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)

黒猫の遊歩あるいは美学講義 (ハヤカワ文庫JA)

24歳にして大学教授を務める天才美学者、通称・黒猫。学生時代の縁から黒猫の付き人を務めている大学院生の私は、黒猫の講義を受けながら、日常の些細な謎の美的真相に導かれていく……。
ホームズ役の黒猫と、ワトソン役の私が居て、いわゆる“日常の謎”系統に属するミステリーなのですが、謎を解くために物語があるのではなく、あくまで謎は物語の一部でしかない、という構造が徹底していて、今作ならではの謎と解答が、今作だからこそ成立している事で物語世界を成している、というのがお見事。
久々の出物でした。
連作短編の形式を取っており、各エピソードはそれぞれ、エドガー・アラン・ポオの作品との関連を持って語られる(「私」はポオの研究者)のですが、毎回の題材となる作品の内容に触れ、その解釈を散りばめながら、ポオ作品を未読でも十分に楽しめる、というのもお見事。勿論、読んでいればより楽しめるのでしょうが、ある種、ミステリ好きには基礎教養の一つとされがちなポオ作品に題材を取りながら、内輪ネタに堕する事なく“物語”を書き切っている、というのが素晴らしい。
解説でミステリ作家の若竹七海氏が鮮やかに指摘しているように、

 もちろん、どんな名作にも問題点はあります。一例をあげるなら、作者の小説技術がすばらしいからですが、登場人物の行動原理や動機が観念的でも、やや強引であっても、それなりに読ませてしまうことでしょうか。
という点は作品の癖として好みの分かれる所にはなりそうですが、個人的にはこの、「登場人物の観念的な行動原理や動機」を“物語”の中に収めているところに、強く惹かれました。
シリーズ続刊が何冊か出ており、他にもかなり著作があるようなので、しばらく、作者単位で追いかけたい。


◇『名探偵誕生』(似鳥鶏
名探偵誕生

名探偵誕生

子供の頃、うちの隣に名探偵が住んでいた――頭脳明晰で美しい「隣のお姉ちゃん」という、少年の夢の具現化のような存在を身近に持ってしまった主人公の成長と蹉跌、変化していく二人の関係と、変容していく世界を、折々に出会った事件の謎解きを通して描いてくミステリー。
去年から注目して追いかけている似鳥さんの新作ですが、入り口をどう受け止めるかで結構読み方の変わる作品で、その読み方次第で道中の印象がかなり変わりそうなので、内容の説明が、凄く、しにくいです。その上で、非常に面白かったです。
手法としては『彼女の色に変わるまで』を彷彿とさせつつ、全体のテイストは<市立高校シリーズ>が内包している要素を更に尖らせた、といった具合で、特に<市立高校シリーズ>が好きな方なら、面白く読めるのでないかな、と。
良かった。