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読書のまだ真夏

◇『コンビニなしでは生きられない』(秋保水菓)


 大学に馴染めず中退した19歳の白秋にとって、唯一の居場所といえるバイト先のコンビニに、研修生としてやってきた女子高生・黒葉深咲。教育係として任命された白秋は、コンビニ強盗、繰り返しレジに並ぶ客、売り場から消えた少女……店内で起こる奇妙な事件に目を輝かせて飛び込んでいく深咲に振り回されるが、やがて2人は、過去に店で起きた連続盗難事件に関わって……。
大学中退という躓きで鬱屈した日々を送る語り手と、好奇心旺盛な美少女というバディによる、コンビニを舞台にした“日常の謎”ものにして、それらがやがて一つに繋がる、連作短編形式の青春ミステリ。
ミステリとしては食い足りないところもありましたが、読者に対して誠実な文章ゆえとはいえ、なかなか面白かったです。
普遍性よりも、ある限られた時間、に焦点が合った作品なので、読み手の年代でも印象が変わってくる作品かも。


◇『涙香迷宮』(竹本健治

 作家・記者・翻訳家として知られる黒岩涙香の“隠れ家”と思われる建物が発見される。涙香が愛好した連珠に隠された暗号を解いた事で、その発見に一役買った事から調査に関わる事になった天才棋士・牧場智久だが、そこには涙香が作ったいろは歌による、更なる暗号が隠されていた……。
黒岩涙香の残した暗号解読を縦軸に、囲碁の対局中に起きたと思われる謎の殺人事件、更に……と複数の謎が重層的に絡むプロットは面白いのですが、“黒岩涙香の遺した”という名目で、登場人物達が作者自身の作った暗号を「超人的」「超絶技巧」「まさに神業」と褒めそやすのが、正直気持ち悪くて、話の内容と関係ないところでぐったりする作品でした。
作者の小説を読むのがこれで2冊か3冊めぐらいだと思うので、普段の作風はちょっとわかりかねるのですが、これまた“黒岩涙香が作った”という名目で、延々26ページに渡り、作者の手によるいろは歌が紹介されるのは、さすがに途中で飛ばしました(笑)
フィクションにおいて、劇中の才人を登場人物が絶賛するというのは当然ありますが、黒岩涙香という歴史上の人物を褒めるという形を取って、作者が自分で自分を褒めさせる、という構図があまりにも露骨で、ミステリとしてはそれなりに面白かったけど読後感は大変残念でした。


◇『黒猫の接吻あるいは最終講義』(森晶麿)
◇『黒猫の薔薇あるいは時間飛行』(〃)
◇『黒猫の刹那あるいは卒論指導』(〃)
若き美学教授、通称“黒猫”と、その“付き人”が、人の心のひだが生んだ不可思議の裏に秘められた美学的真相に迫る、一風変わったミステリー、<黒猫>シリーズ2−4作。1作目に引き続き、面白かったです。
内容は1作目よりも更に観念的傾向が強まっており、この物語世界なればこそ発生する謎を、この物語と登場人物だからこそ真相に辿り着く、という部分が大きいのは好みの分かれる所でしょうし、ミステリーとはいっても、美しいロジックで謎解きを見せるというより、物語の説得力でパワースラムしてくる、といった作りですが、世界と人物の構築が巧く、一つの物語としての完成度の高さで頷かせてくれるというのが、私好みの作風。

「たとえ何も謎がないように見えても、テクストに愛情をもって接すれば、何らかの謎が見えてくるはずなんだ。そこに謎を見たいと願うのが、テクストと解釈者のあいだに生じた関係性であり、一つの運命とさえ言えるだろう」
(『黒猫の刹那あるいは卒論指導』)
作品と受け手の関係について、好きな台詞。