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大トミノ祭:色々な1話を見てみよう1

『無敵鋼人ダイターン3』(1978)
サンドレイク卿の湖城で行われる、ミス・インタービューティコンテスト。だがそれは、コンテストに集めた美女達をメガノイドの下僕として改造しようという、メガノイド・コマンダーの陰謀であった! 美女達に危機が迫る時、湖城に飛び込む一人の男、その名を噂の破嵐万丈! この日輪の輝きを恐れぬなら、かかってこい!
コンテスト会場に飛び込んできた黒いボディスーツの男が、サンドレイク卿に誰何されて「礼儀は心得ているつもりだ」とボディスーツを脱ぐと、下には真っ赤なタキシード! と主人公の登場シーンから飛ばしまくり。
「万丈?! するとおまえが、あの噂の破嵐万丈!」
「あれが噂の……破嵐万丈
「あ、あんなに赤いヤツが?」
もう30年以上前の作品ですが、“普遍的な娯楽活劇”を志向し、かつそれに成功しているので、古びていません。また、ロボット抜きでも成立するアクション作品、としてストーリーが詰められているので、筋立てとテンポが非常に秀逸。悪の陰謀→主人公の活躍→一点窮地→窮地からの脱出→逆転勝利、と娯楽活劇の伝統を抑えつつテンポの良い展開で飽きさせません。
基本的に、主人公が活躍したと思ったらすぐピンチになったり、割とあっさりとっ捕まったりするのは、娯楽活劇の定番劇。
ピンチを切り抜ける手段が、力尽くで牢屋の鉄格子をこじあける、ですが、これはOP映像が伏線という事でいいのか(笑)
OPは、『ザブングル』と並んで、富野アニメOP、随一の出来。
わけわからないのにやたら格好よく、出鱈目な本作の魅力が詰まっています。
「ダイターン・スリー われとあり〜」の所で、ロボット顔アップをバックに、横から真っ赤なタキシード姿の主人公のカットが入って、そこに「総監督 富野喜幸」と出てしまう所とか、実に格好いい。
本編のどうでもいい話としては、
「その為にそこの美少女」
「こちらの美少女たちが欲しいだけだ」
「この万丈の名にかけて、美少女達は渡しはせん」
とか、万丈と敵が「美少女」「美少女」連呼しているのが、今聞くと妙に面白いです(笑) Bパートに入ると何故か、全部「美女」に変わるのですけど。どうして統一されていないのか。
花のあるアクション、魅力的な主人公、脇を固める美女二人、OPからラストカットに至るまで、実に娯楽の楽しさに満ちあふれた、痛快作。
作品のわかりやすいイメージとしては、アニメ版『ルパン3世』+SF+ロボット的なものを想像していただければいいかと。
『ルパン3世』に宇宙とロボットを加えると『ダイターン3』で、『ダイターン3』からロボットを抜くと、『カウボーイ・ビバップ』(あくまで、とても単純化した例えです)。
根っこにあるのは講談もの、いわばSF講談、立川文庫富野版、とでもいった所でありましょうが。
こういう古典的な娯楽活劇の文化は、もっと復活してもいいと思うなぁ。
今一番そういうものを継承しているのは、多分ハリウッドだと思いますが。
約2時間という制約の中で劇の構造を固めて行く時に、凄く便利だという事なのでしょうが。
『戦闘メカザブングル』(1982)
1話の掴みとしては、いまいち。
荒野の世界、いきなり傷つき倒れている主人公、子供ばかりの盗賊団に拾われた彼は、バザーでウォーカーマシン(大型ロボット)を奪おうとする……と、世界観の説明なしに、活劇とはったりだけで見せるには、絵にも物語にも面白さが足りない。
肝心のメカも(これは好き嫌いがありますが)あまり魅力的には演出されていないですし、主役ロボも1話では大した活躍もしない内に同型機が出てきて取り押さえられる始末。
1話がかなりぶつっと切れているので、前後編構成だった『キングゲイナー』のように、数話でまとまったエピソードを成すタイプの構成なのかもしれませんが、仮にこの先見るにしても、後回しだなぁ……。
盗賊団が使うホバーマシンを、片手骨折状態の主人公が鮮やかに扱ってみせる事で主人公の技量を演出するくだりは良かったけど、それぐらい。
『機動戦士Zガンダム』(1985)
もう、抜群に、面白い。
続編ものという事で、ある程度、世界観などの説明をしなくていいという要素もありますが、冒頭のMS同士の接触会話のディテールに始まって、カミーユが空港に向かうのに使う車がコロニー共用のような描写、コロニー外縁を走るリニア、無重力エリア、などなど、これは未来で宇宙ものでこういう場所に住んでいます、というのを大技小技のガジェットを盛り込む事で映像演出で説明。
6年の時をおいた上で、『ガンダム』より『Z』の方がむしろこういった演出は細かくて、インパクトよりもディテールで勝負しにいっているのが、『Z』の優れたところ。
更にリニアに乗っている時に遠くの宇宙に何かの気配を感じてみたり、空港でいきなり他人に殴りかかってみたり、主人公の少しオカシな感じを、余すことなく描写。また、ジェリドを殴ったカミーユが、反動で後ろに飛んでいたりとか、実に芸が細かい。
世界観の描写とキャラクターの描写が並行して行われ、それが物語の進行と完全に合致して連動し、その上でカミーユ主観とクワトロ主観の二重構造で展開するという、超濃縮された構造で物語に視聴者を引きずり込むのは、まさしく80年代富野演出の集大成。
凄い濃さ。
圧巻。